アナウンサーブログ

市脇 康平

市脇 康平Kohei Ichiwaki

詳しいプロフィール

プロフィール

生年月日
1975年6月24日
出身地
愛知県豊田市出身
入社年月日
2000年10月入社

担当番組

「ちかくナルナル なるちか!」(土 午後5:00~)
「らぶちゅちゅ」(木 深夜0:20~)
「交通安全ココワンTube♪」(木 午後6:55~)
「高校野球実況」ほか

今年もお世話になりました2005年12月29日

早いもので今年も残すところ、わずかになりました。

ニュースBOXは早く終わりましたが、私はそれ以降もちょいちょい仕事をしてまして、

あす30日のナレーション収録で、ようやく仕事納めです。

ただ、この1年を思い返すと、あっという間に年を越せるくらい、いろんなことがありましたね。

みなさんはいかがでしたでしょうか?良くも悪くも、まもなく2005年は幕を下ろします。

来たる1年が、今年よりもさらに素晴らしい年でありますように。

それでは、ちょいと早いのですが、良いお年をお迎えください!

暮れのご挨拶②2005年12月27日

暮れのご挨拶は、きょうも午後からありました。

あの松本慎吾選手(一宮運輸)が来社。11月に挙式をしたばかりの新婚さんです!・・・いやいや、それもそうですが、アテネ五輪で7位入賞経験者であり、前回アジア大会王者である。まさに、アジアを代表するレスリング選手ですよ!毎年暮れには会社に顔を出してくださる、ホント律儀な方です。

幼なじみの女性と結婚された松本選手。年間の3分の1は合宿や遠征で家を空けてしまうとか。宇和島市津島町出身で、現在横浜市に住居を構える松本家は、ちょっぴりさびしそう・・・。

「子供も欲しいなっていうのもあるんですが、周りに知り合いもいないし、今はね・・・」

その代わりに明るい悩みもあるようで、夕食で奥様の料理が食べきれないほど出されても、ついつい無理して口に運んでしまうんだとか。家事を任せられることで、しっかり稽古&しっかり食事に没頭できるとはいえ、それでも多い時がちょっとだけあるらしい。

そんな松本選手の来季にかける意気込みは凄い。
4月から通い始めた大学院も、1年目で30単位を修得する見込み。2年目は、論文のみとなっているようです。(やはり、論文は「グレコローマンスタイル」について。自分を若い選手と比較したりするそうです・・・)。そして、本業では、世界選手権が9月末から10月初めに中国であります。国体でもコメントしていましたが、全てのピークはここにあるようです。

「だけど、アジアもあるし、天皇杯もあるし。論文をその前にやっておかないと締め切りがね・・・」

な・なんですって?!アジア大会はカタールで12月10日にあり、その後に今年7連覇した天皇杯が控えているらしいんです。さらには、論文の締め切りがその前にあるらしくて、結構キツイみたいですよ。

でも新婚だし、愛があれば、大丈夫。「LOVE IS OK!」・・・って、これじゃぁ愛のエプロンじゃないか(笑)。それはさておき、ぜひ世界の頂点を目指して、ガンバレ!松本選手!

暮れのご挨拶2005年12月27日

この季節になると、暮れのご挨拶にいろんな方が来られます。

きのうは四国アイランドリーグ事務局の田口さん、それに伊予銀行ソフトボール部の石川前監督、大国新監督らが来られました。

伊予銀行ソフトボール部は今季1部で最下位と健闘及ばず、2部リーグへの降格が決まってしまいました。
しかも、3部が消滅して2部に吸収されたため、来季は宮城~北九州までの17チームで5節16試合のリーグ戦を闘うことになりました。ミキハウスから大量移籍した佐川急便や今年からチームを結成したクラブチーム・湘南ベルマーレが対戦相手になるようです。そして、試合は今のところ、金土日の週末、月1回ペースで開催される見通しです。(5月には地元での試合もあるようですよ!)。

石川前監督は6代目監督として今季までの5年間、1部での戦いを続けてきました。(それ以前にも2代目として就任しているため、通算12年間務めました)。戦力が整ってきた段階での2部降格、これまで負け続けていたチームにも勝ち星を拾うなど健闘してきただけに、悔しさもひとしおでした。

来季からは7代目として大国新監督が指揮を執ることに。選手兼コーチからの昇格です。また、6年前に2部を経験している兼頭選手が新主将に就任。チームも若返りを図り、新たな戦いが始まろうとしています。

「もちろん狙うは<全勝優勝>で、1部復帰です。これまでに<全勝>で昇格という記録はないですから」と大国監督の意気込みは十分です。

チェアマンの構想とは2005年12月26日

きょう3本目です。ご覧いただき有難うございます。これでラストです・・・。

Qプロスポーツとは何か

A日本にはプロスポーツで組織する協会があり、私が副会長を務めている。その中には、野球・サッカー・相撲・ボクシング・レスリング・競輪・競馬・ボート・ダンスなどがある。共通点は「お金をとってやる」こと。ただ、よく見ると、ボクシングは興行主だけの世界だが、サッカーは地域貢献を最終目標にしているし、野球はその中間のような気がする。とりわけ野球とサッカーの違いはチーム数を増やすか、増やさないかということ。
スポーツを最高クラスしか見ない、強いところしか見ないというのは、根付いたように見えても、いずれ離れてしまう。例えば、同じ野球でもアメリカ・大リーグには、ホームタウンの発想がある。「おらがチーム」だからこそ、応援にも熱が入るのではないか。
私もサッカーの仕事に携わるまでは野球好きだった。しかし、今ではサッカーに「魔力」があると思って疑わない。そのうち愛媛でも2週間に1回はスタジアムへ足を運ばないと気がすまない人が出てくると思うし、出てきて欲しい。
今でも浦和・新潟・仙台・札幌・大分・・・コアなサポーターが増えている。関西は残念ながらまだだが、優勝争いを演じたセレッソやガンバあたりから出てくれるといいかなと。暴動になるか瀬戸際の人たちで、セキュリティが大変だったりするが、ミーハーではなくてコアなサポーターが増えてくればいいなと思う。

記者懇談会ではチェアマンの熱の入ったコメントが次から次へと展開されて、予定時間の1時間を若干上回りました。この後に控えていたスポンサー向けの報告会も近いことから「あんまり押して迷惑かけてもいかんからな」と苦笑しながら、自らこんな言葉で締めくくりました。
「愛媛も時間をかけて、サッカーの街だと言われるように頑張ってほしい・・・」

※チェアマンの任期が2006年7月までのため、先ほどまでのコメントの保証はあるのか?という意見もあります。しかし「後任を探すのも大事な仕事の1つ」と語る鈴木昌チェアマン。経営者としての感覚、プロ集団の長であることの責任、夢の実現に向けて耐えることのない情熱、いろんな要素を兼ね備えていなければならない要職であることは間違いないだけに、コメントに込められた意味が決して無ではないことを肝に銘じなければならないと思います。

また明日ではなく2005年12月26日

2週間も休んでいたので、きょうはサービスしまっせ!先ほどの続きを・・・。

Q愛媛が加わりリーグ戦が年間48試合は多いような気もするのだが
Aいや必ずしもそうではない。ブラジルなど年間試合数が90というところもあるし、欧州でも代表やカップ戦があれば年間試合数は60~70にも上るのだから。日本でも天皇杯やナビスコ杯があるから試合数的に多くも少なくもない。しかし、JFLから上がったチームは年間48試合はハードであることには違いない。一番大変なのはフィジカル。選手能力ではなくトレーニングの差が出てしまう。
ちなみに、試合日程は常に調整を続けている(12月16日現在)。Jリーグではいろんな要素を加味してコンピュータで計算をさせているのだが、1回計算をし始めると5時間くらいかかる。昔はあまりなかったが、奇数になることでウィークデー開催が増えたり、ハード面でやりくりが難しいとなると、再び計算にかけて・・・。ただ、こちらも極力「ウィークデー開催を減らす」「アウェーが連戦にならないようにする」そういうことも念頭にやっている。例えば、あるチームはスタジアムの関係でアウェースタートになるだろう。ましてや、愛媛は新参者だからという理由で、不利に扱うということはない。ただし、テレビ中継の分散化による土日開催であるとか、代表戦を鑑みたJ1開催なども考えていくと、運営側は結構大変なのである。

Qチーム運営上、危惧することはあるか
Aとにかく急激な右肩上がりだけは避けて欲しい。強いチームを目指して焦らないこと。J2で外国人を起用して上位にいるチームもいるが、外国人選手がチームで機能するのは難しいことである。お金がかかるが、時間だってかかる。無駄遣いの温床になりかねないのだ。
トルコ代表のイルハンを招聘した神戸がその典型であり、他にも来季からJ2に落ちたチームも同様である。とにかく予算が高額だった。あえて言えば、サッカーはお金がすべてではないところが面白いところ(笑)。
その逆が、京都だった。過去にJ2降格という悔しい思いをしたチームは、J2でお金をセーブした。しかし、時間をかけてチーム強化を目指し、その中で現在フランスでプレーする松井であり、J1で先に活躍した黒部をJ2時代に輩出した。そして、チームはJ1に復帰するというわけだ。福岡も同じだ。

QJリーグの将来像は
AJチームを全国津々浦々に作りたい。かつてJ2の中でも「水戸・甲府・鳥栖」は「お荷物御三家」と言われた。そんな中、徳島県の飯泉知事も、当時は参入を公約したことで反発されたこともあった。しかし、今は状況が変わった。それぞれのチームが力をつけてきたし、Jリーグに入りたいという自治体は、今の時点で40くらいある。
そういう中で、今のところJ2は14チームまでは、現在のホーム&アウェーを2回戦ずつやりたい。ただし、J2が18チームになると、試合数が減る(=収入が減る可能性がある)デメリットがある。その時は、J1を20チームに増やしたほうがいいかなと思っている。結論としては「これで行く」という完成形はない。「あと数年待って」の世論なども考慮に入れたい。

※まぁサッカーを取り巻く環境が、愛媛だけでもこれだけ変わる世の中。Jリーグのスタンスとしては「百年構想」ということに代表されるように、目指す方向性はあっても、具体的な運営は柔軟にやっていきますよということです。実際クラブ側に話を聞いても「一緒に頑張ろう」的な励ましや指導があるようです。サッカーが世の中を変えていく、元気にしていく・・・。急に変わったらびっくりするし、急に元気になったら反動も大きかろうし・・・身の丈にあった変化やスピードで作り上げていきましょう!そんな気持ちが伝わってくる話が続くのです。

2週間ぶりのご無沙汰2005年12月26日

・・・とはいえ、別にクリスマスを避けていたわけじゃないですから!!

遅ればせながら、愛媛FCの昇格優勝報告会に出席のため来松していた、Jリーグの鈴木チェアマンの記者懇談会でのことを書こうと思います。ブログ復旧する前の話だけどね・・・。

Q昇格できた最大の理由は?
A地元のサポーターの力が結集されたから。メディアも含めて支えがあれば問題はない。メディアも専門家でなく、庶民の、サポーターの目で「よいしょ」記事を書くのでなく、厳しい視線で取り上げて欲しい。いろんな知恵が出てくればアイデアも出てくる。地域の活性化に寄与するはずだ。

Qスタジアムを見て
A改善しようとする姿勢が伝わってきた。強引だなと思ったのは「3段とび」の砂場がメイン・バックの両スタンド前にあること。ピッチが遠く見えてしまう。(この点については他の記者から「逆にスタンドに腰掛けると「3段とびすら」見えなかったりして、どっちつかずなんですよ」という意見が出ていました)。みんなから意見が出ればもっと行政が対応するはずだ。

Q(去年Jリーグに加盟した)徳島と草津と比較して
A心配の種類が違う。会社組織は愛媛が上。あとは「スポンサーと集客力」(←集客力のヒントはスタジアムだと常々言っています)。草津は「群馬県と草津市」の支援が熱心。企業スポーツと違ってプロスポーツは支援をしてもらった人に「お返し」をするべきだ。株主やスポンサーになってよかったと思われるようにしなければならない。

※先日「オーラの泉」という番組でプロ野球・新庄選手が面白いことを言っていました。「好きとファンは違うんだと。テレビで一喜一憂するのではなく、わざわざ時間を割いて足を運んでお金を払って厳しいことを言うのがファンだよね・・・」そんな内容だったのですが、心理的物理的な熱意に応えるのがプロであるということを表現していたように感じます。

そろそろ長くなってきたので、この続きはまた明日・・・。

フットボール納め2005年12月12日

日曜日は午後から県総合運動公園に行き、ラグビー・トップリーグ「神戸製鋼対セコム」を観戦していました。前日の土曜日も天皇杯5回戦「FC東京対浦和レッズ」を見たばかりなんですけどね・・・。しかし、ラグビー国内トップレベルを愛媛で見られるわけですから、こんなタイミングをただただ、放っておくわけにはいきません!

今回は取材ではないため、自費でスタンドへ。しかもお金がないから、バックスタンドの自由席で観戦することにしました。・・・うぅ寒いっ、風がちべたい(冷たいって言おうとしたけど、こんな感じ)。

「おっ大畑いるじゃん、やっぱり巧いね!・・・あっ、よっ、ほっ・・・お~っト~ライ!さすがやねぇ」

なんて言っていたら、実はその席は「セコムラガッツ」側でした!あ~恥ずかしいっ。前半は大畑の快速ウイングなど4トライで引き離した神戸製鋼でしたが、後半はセコムがインターセプトから2トライを奪い、好守の早い展開に、素人の私を含めて、スタンドの皆さんはかなり魅了された感じがあります。

「ラ~ガッツ、ラ~ガッツ!」

徐々に盛り上がりを見せるスタンドには、ラガッツの熱血サポーターと見られる40代の男性が、声を枯らして応援をリード。その傍ら、マスコットキャラクターが愛想を振りまいてスタンドを歩きます。一見、オオカミだと思ったんですが、実はドーベルマンなんだそうです。興味のある方は勝手に調べてください(笑)。時には写真撮影に応じたり、時には女性ファンの前で「コマネチ」ポーズをしていましたが。

「あれ、マスコットいないねぇ」

子供が指摘したのに気づき、辺りを見回すと、まだ試合中だというのに、ベンチで静かに腰掛けているのを発見!ちなみに、彼はその後、試合後半途中でスタンドをも退いてしまいました。繰り出していた一発ギャグも考慮すると、このキャラクターの中身も結構年上だったりして(笑)。

まぁそんなこんなで、フットボール納めは終了。今年は生涯一、グラウンドでフットボールを見た1年でした・・・(←ちゅうても、ラグビーは高校選手権県大会決勝と、これだけだけどね)。

ありがとうズーパー!2005年12月10日

きょうの「い~テレ」ゲストは、我らが愛媛FCの友近聡朗主将でした。
とはいえ、9日出演のお願いをしたのは近日中のこと。

「あっ、たぶん空いているから大丈夫ですよ」

かなり心配だったんですが、彼は電話で快く承諾してくれました。
ただ、今シーズンオフは、とにかく忙しいらしい・・・。
このスタジオに来るまでも、きのう東京でのJFL表彰式を経て、
きょう昼の飛行機で松山へ帰ってきたばかりなのでした。
後で考えたけど、結構無理なお願いだったのかも・・・。
にもかかわらず、彼は飛行機に乗る前、「夕方には間に合います」ってメールもくれました。

私は本日お休みをいただいていましたが、
今シーズンはあまり話す機会がなかったので、午後3時半過ぎには会社へ行きました。

「シーズンオフはどうなの?」

本番まで時間があったので、ちょっとだけ話し込んでしまいました(笑)。
ただ、忙しいのは本当らしく、
年末の楽しみだった海外へのサッカー観戦は、お預けなんだそうです。
少し苦笑いをしていました。

「お疲れ様でしたぁ」

約1時間の生出演後、すぐに愛車に飛び乗り、弊社を颯爽と去っていきました。
ホント、例年になく忙しいみたいですよ。

12月8日ねぇ2005年12月 8日

今年も残すところ23日。ブログでもご紹介しましたが、ふと今年の目標を思い出しました。

「映画をたくさん見ること」

・・・だったけ?他にもあったと思うんですが、もう忘れました(←最低やなぁ)。しかし、唯一覚えていたこの目標も、3月くらいに破綻しました(苦笑)。愛媛FCホームゲームも全部行きたかったけど、高校野球シーズンと重なり、1回休んでいるので、これもダメ。痩せることもなかったし、表彰されることもないし、この1年は何が残ったんだろうか?

そういう意味では、さまざまな課題が残った1年でした・・・。来年に持ち越し決定?!

インフルエンザ2005年12月 7日

弊社のアナウンサーは積極的にインフルエンザの予防接種を受けていますね。いいことです。

でも、私はまだ・・・。そういえば、私の場合、いつも春先に忘れた頃にやられるんですよね。

そろそろ行かなきゃね。

小市民的発想2005年12月 7日

最近疲れが取れにくくなってきた今日この頃・・・。

あるお店で昼食を摂っていると、ジュワーッという音を立てて運ばれてくるお膳に目を奪われました。

「あ、すげぇ~。昼から鉄板で出てくるものをチョイスしてんだな」

自分もご飯食べているにもかかわらず、この有り様。目を奪われてしまったといっても、ほんのコンマ何秒のことですけど・・・。

「鉄板=ゴージャスな食事」の発想、あなたはいかが?

JFL最終章・・・2005年12月 5日

午後2時50分、冬の空にホイッスルが鳴り響きました。
愛媛FCとサポーターみんなでつむぐ歴史的な一歩、JFL参戦5年目にしての初制覇の瞬間です。

先週は昇格条件をクリア、さらには劇的な幕切れだったこともあり、試合後はとにかく涙にくれたわけですが、きょうは泣かなかったですよ!・・・って胸張って言うことじゃないんですがね(笑)前回は泣き過ぎた分、今回は笑っていたかったんです。

「おめでとう」「ありがとう」「よくやった」「次はJだ」

いろんな言葉がスタジアムで行き交います・・・。私も次から次へと会う人に握手を求めました。握手をしながら、ふと思ったことがありました。それはJFL初年度などと比べて、随分と会わせる顔が増えたんだなと。私も年々足を運ぶ回数が増えて、実は最終戦直前、金曜日と土曜日は練習を見に行きました。あまりの寒さで球拾いもしていました。(選手の中には「取材もしないで一体何しに来たんだろう?」って思う人もいたんだろうけど・・・)。

「この街にもJリーグチームが生まれるんだなぁ」

そう思うと嬉しくて嬉しくてたまりません。少々盛り上がりに欠けると言われるんですが、Jチームがすでにある山梨や佐賀だって、最初はあまり関心がなかったようです。新潟の場合、シンポジウムのパネラーが7人、見学者が5人ってこともあったなんてことも伝説になっていますからね。それが地道な活動を通して理解が深まり、今や街の話題に欠かせなくなってきているんですよ。ホント、これからが大事な時期なんです。ただ、近い将来、町を歩いていたり、喫茶店でお茶を飲んでいたら・・・。

「あのタイミングでシュート打たないのかなぁ」「あの交代はちょっとだけ早かったなぁ」

そんな会話があちこちで聞こえるようになるのかな?そう考えるだけで楽しくてたまりません(笑)。課題はまだまだ多いけど、急にはできません。できることからコツコツと。友近主将が言っていた「自分がおじいちゃんになったら、自分の孫を連れてきたいな」という言葉。そんな日も来るんかな。自分の身は朽ち果てても、愛媛FCは永遠に続いて欲しいものです・・・。

歴史的瞬間への道⑥2005年12月 3日

その瞬間は涙を流しながら、デジカメを回していました。嬉し涙は止めようにも止まることなく、拭っていたシャツの右袖が乾く間もないほどでした。メガネを外して、また涙を拭いていると・・・、

「どうして泣いているんですかぁ」

私が号泣しているのを見て、ある選手が気遣ってくれました。ごめん、ごめん・・・プレーをしているのは選手だし、監督やスタッフ、チームなんだけど、嬉しくて嬉しくて涙が止まらないのでした。ピッチにいた選手たちは、すでにサポーターの前に集結。全員で勝利の報告をした後、友近主将は立て看板に上って、サポーターに「あるお願い」をしていました。

「せ~のJリーグ!Jリーグ!!、もういっちょ、Jリーグッ!!!」

サポーターと選手たちが張り裂けんばかりの声で「Jリーグ」を三唱・・・。柏レイソルがかつてJリーグに昇格した時、元ブラジル代表のカレカが咆えた言葉も「Jリーグ!」でしたね。友近主将がそれを意識したわけではないけれど、今はそう叫びたいのでした。それは、昇格できるものだけが許されることなのですから・・・。とにかくチームやサポーター、私たち取材陣が体の芯から、そして心の底から笑って、泣いた瞬間でした。頬を伝う涙は、こぼれんばかりの笑顔は、オレンジに染まる夕日に照らされて、さらに輝いても見えるのでした。

「こんな時間がずっと流れていたらな・・・」

愛媛FCは厳しいアウェー戦で、昇格条件をクリアするとともに、リーグ首位に立ちました。勝利にずっと浸っていたいところですが、次はJFL最終節。リーグ初制覇を賭けた戦いが控えています。舞台は県総合運動公園陸上競技場、来たる歴史的瞬間はあす午後1時からあります・・・。

歴史的瞬間への道⑤2005年12月 2日

選手たちの気合とスタンドからの声援がクロスオーバーするピッチサイド。ベンチにいる控え選手やスタッフも、まだ終わったわけじゃないと鼓舞する・・・。これぞ、まさにチーム一丸の光景です。

グラウンドを照らすように昇っていた太陽は徐々に傾き始め、この時間はスタンドを追い越して斜めに差し込むようになっていました。すっかり影に覆われてしまったベンチの外では、私のほかに地元紙のカメラマンや記者が食い入るようにピッチを見つめています。

「う~ん、どうも流れが悪いなぁ。このままではいたずらに時間だけが過ぎちゃうよ」

先輩記者が腕を組んだまま、もどかしそうにグラウンドレベルを歩いていきました。確かに風上に立つものの、HONDAの牙城が崩れない。1対0でビハインドを背負う中、ガップリ四つを組んでいては勝てっこないのです。すると、あの男が積極的に選手交代を繰り広げます。

「まずは、サイドを変えてきたかな・・・」

望月監督は前半キープ、後半勝負というスタイルを貫いてきました。しかし、それは前半0対0でしのいで成り立つ方程式。相手に先制されての展開だと立場が苦しいのは、同じアウェー戦の鳥取SC戦で証明されてしまいました。それでも、監督は信念に基づいて、選手を信じて、3人をピッチへ送り出しました。53分にMF広庭選手から赤井選手へ、56分にはFW友近選手から田中選手へ。66分にはボランチの井上選手を金子選手へ。

「ウォーッ!」

スタンドがどよめきました。交代直後の金子選手の1タッチ目がFK。左足から放たれた弾道は、Jを見据える選手たちの如く一寸の迷いも無く、まっすぐゴールへ向かいます。GK正面を突いてしまいますが、ただ弾くしか術のなかったGKも、そしてスタンドも驚いていたに違いありません。
その4分後、濱岡選手のFKはゴールマウスからわずかに外れてしまいますが、徐々に流れは愛媛FCにやってきます。サイドやトップ、運動量を求められるポジションを替えたことで、それまで以上に活気が生まれて、ボールもつながるようになっていきました。

「ヨッシャーッ」

気づいた頃には、同点ゴールが生まれていました。実は私、デジカメを片手にベンチをずっと眺めていただけに、どういういきさつでゴールが生まれたのかは、試合後に知らされるお粗末さ・・・。それでも、同点になったことだけは確かなようで、その感覚はしっかりと目に耳に、肌に突き刺さりました。赤井選手のアーリークロスが相手選手のクリアミスを誘い、1対1の同点に・・・。
その2分後、矢野選手のクロスに反応したのが、ファーサイドへ走りこんでいた田中選手。ダイレクトで左足を振りぬくと、そのままゴールへ!苦しんで苦しんで苦しんだストライカーのゴールは、貴重な貴重な本当に貴重な勝ち越し弾!これで2対1。後半30分まで負けていたチームは確実に息を吹き返し、逆に相手チームの息の根を止めるかという勢いまで出てきました。

「・・・」

私は言葉を失っていました。カメラのレンズ越しに見えるのは、友近主将の涙。そして、必死に耐えて欲しいという願いを、ピッチに送り続ける望月監督をはじめとする選手やスタッフ。ロスタイムは3分の表示に、敏感になるのも分からないでもない。けれど、ベンチにいる側、ましては私たちは、直接プレーに接することができない。それを分かっているからこそ、必死に声を、願いを送り続けました。

「我慢しろ!」「真っ直ぐ帰れ!」「(主審に)時間、時間!」

この後、GK羽田選手のスーパーファインプレー、MF濱岡選手の45メートル級ファインゴールが生まれ、ピッチもスタンドもベンチも、そして取材している私たちも、興奮が抑えられず、どうしようもなくなってしまいました。

「やったーっ!」

ベンチの選手をはじめ、監督やスタッフは全員がその場に固まっていました。ボールを目で追うだけで、いつしか言葉も失っていたように感じます。しかし、その固まっていた体を、呪縛されていた心を、100パーセント完全に解放したのは、試合終了を知らせるホイッスルでした。

歴史的瞬間への道④2005年12月 1日

「♪ラララ~ラ、ラララ~ラ…」
HONDAFCのホームグラウンド・都田グラウンドの場合、ハイロウズが歌っていた「日曜日からの使者」が入場テーマのようです。HONDAに限らず自動車メーカーのCMに使われたBGMはなんとなく覚えているもので、かつてホンダからシティという車が出た時、ムカデダンスをするCMに流れていたマッドネスの「シティ・イン・シティ」があったことを思い出しました。

「風が強いなぁ・・・」
それもそのはず、グラウンドの周りには高い建物はないため、乾いた風が容赦なく私たち取材クルーを通り抜けていきます。カメラの設置場所も4階~5階に相当する本部の屋根に相当する場所だったため、身の回りのものを飛ばさないように、前半キックオフを見届けました。

前半開始して間もなく、やはりホンダが攻めあがってきました。前述の古橋選手が着けていた背番号10を受け継ぐ主将・宇留野選手はサイドを駆け上がるスピードだけでなく、パスやクロス、ボールタッチのプレー1つ1つにキレがあり、彼を中心にしてゴールを脅かす場面が続きます。前半戦で2点リードしながらドローに持ち込まれた6月の試合でも、反撃の狼煙となったホンダの1点目は、この宇留野選手のクロスがきっかけでした。

「あと10センチでもいいから、5センチでもいいから寄せなきゃだめだったんですよ」

あの試合後に語ったGK・羽田選手の言葉が蘇ります。この試合でも、前半早々から望月監督がベンチを飛び出して、深い位置からのプレスを大声を張り上げて要求していました。そして、前半最初のチャンスは18分、MF濱岡選手のFKからFW永富選手の頭を経由して、DF星野選手が左足でシュートを放ちました。バーに弾き返されますが、耐えに耐えてようやく1本目のシュートを放つことができました。

しかし、その直後、濱岡選手が出したパスが中盤でカットされ、一転ピンチに。その後、ホンダの左CKをクリアすると、濱岡選手が捨て身のクリアを見せるなど、苦しみながらも流れを徐々に引き寄せていきます。32分と36分には、FW友近選手がシュートを放ち(32分はオフサイドのため、記録には残っていませんが)、ここ一番の大舞台での大事な先制点の期待が高まっていくのでした。

「あ、なんか、やばいかも」

ホンダが右からクロスを入れた瞬間、嫌な予感がしました。これまでシュートやクロスを全員で体を張って弾き返してきたので、大丈夫だろうという気持ちもあったのですが・・・。その右からのクロスはゴール前中央で頭でつながれ、180センチを超えるホンダの長身DF石井選手のヘディングシュートが決まってしまいました。前半終了間際、無情のゴールで1対0とリードされてしまいます。

「・・・俺が取材に来ると、負けるんですよね」

前半終了を告げるホイッスルが響くと、知り合いの記者がポツリと呟きました。

「でもプレーをするのは選手やし、チームやから。ここはFCを信じましょうや」

つい1分前に見たシーンが精神的なダメージを与えたため、彼にちゃんと言葉で伝えられなかったけど、私の心の中ではそんなことを吐き出していたような気がします。

後半はベンチサイドをデジカメで撮影しようと、階段を駆け下りました。すると、私の視線の先には、こちらの落胆振りとは対照的に選手たちが円陣を組んで、残り45分に向けた戦闘態勢に入っていました。

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