アナウンサーブログ

市脇 康平

市脇 康平Kohei Ichiwaki

詳しいプロフィール

プロフィール

生年月日
1975年6月24日
出身地
愛知県豊田市出身
入社年月日
2000年10月入社

担当番組

「ちかくナルナル なるちか!」(土 午後5:00~)
「らぶちゅちゅ」(木 深夜0:20~)
「交通安全ココワンTube♪」(木 午後6:55~)
「高校野球実況」ほか

みなさん、お疲れ様でした!2006年7月30日

第88回全国高校野球選手権愛媛大会は、今治西の2003年以来の優勝で幕を閉じました。

今治西が11-2でリードして迎えた最終回。
完投目前の2年生エース・熊代投手に代わり、背番号11の山本投手がマウンドに立ちました。

大野監督が「ベンチから外れた3年生投手もいたので、彼らの分も投げてこい」と背中を押せば、
山本投手も「ベンチに入れなかった3年生の分も、しっかり思いを込めて投げました」と答えて、
大会史上初の今治勢対決となった愛媛大会決勝のフィニッシュを迎えました。

今治西と今治北、現チームの対戦は、秋の県大会準々決勝「9-4」で今治北の勝利、
春の県大会終了後の四国大会代表順位決定戦では「4-2」でまたしても今治北の勝利。

大会前の取材に対して、宇高主将は秋の敗戦がチームの原点になったことを語りました。
「あの時は悔しくて悔しくて…。それからはどんな厳しい練習でも乗り越えられたと…」

冬場には1日20キロのランニングに加えて、3000本に上るスイング…。
想像しただけでもゾッとする内容ですが、それでもクリアできたと胸を張って答えてくれました。

その成果は、春の四国大会で3試合連続逆転勝利の末、3年ぶりの優勝という形で出ました。
ガムシャラに戦い、掴んだ自信を糧に乗り込んだ愛媛大会。激戦の第2シードブロックでは、
準決勝で済美に「逆転」して勝ち上がり、決勝では先制後も着実に得点を重ねていきました。

大野監督は「甲子園まで1週間しかないので選手の入れ替えもないし、守りから攻撃へという
リズムを作るというチームコンセプトにも変わりませんが、開幕まではまだ1週間あるので、
この気持ちをいったんリセットして、大会に臨んでいこうと思います」と締めくくりました。

是非ひたむきな気持ちを忘れずに、甲子園での全力プレーを披露してほしいと思います。
志し半ばにして敗れてしまったチームのために、チームを支えてくれた人たちのために…。

愛媛大会は終了しましたが、球児の皆さん。保護者や学校の皆さん。スタッフの皆さん。
テレビをご覧いただいた皆さん。ゲスト解説の皆さん。暑い中、本当にお疲れ様でした!
毎年思うことではあるのですが、改めて感じます。「高校野球って、本当にいいものですね」と。

体が震える瞬間2006年7月29日

きょうは準決勝第1試合「今治北対川之江」を担当しました。

両者は新人戦・秋の県大会・四国大会明けテストマッチで対戦して、いずれも今治北の勝利。
スコアは8-2、8-1、3-0。「練習試合は7回まで0-0でしたからね」とは今治北・木村監督。

新チーム結成当初から完成度が高かった今治北の選手や指揮官にとって、
川之江は夏の選手権に向けて急速に成長する様子は、脅威だったかもしれません。

1回表、川之江は2四球と1安打で2アウト満塁のチャンスを作り、中2日での登板となった今治北・
エースの西原を攻め立てます。ここで<右腕対策で打順を上げていた>左バッターの6番・中井。

フルカウントから真ん中に入ったストレートを強振、逆風を突いてライトスタンドへの満塁本塁打!
思わぬ幕開けとなった準決勝第1試合。過去の対戦で3得点以上記録できなかったチームとは
思えない見事な先制攻撃で、序盤の主導権は川之江が握ります。

今治北は4回、山本が詰まりながらもヒットで出塁したのをきっかけに、6番・横山の犠牲フライ。
7番・多勢の(これも詰まりながらの)タイムリーで「4-2」と2点差まで詰め寄ります。

これに対して、川之江は7回に1点を追加してリードを広げ、有利な状態で試合終盤を迎えますが、
「5-2」と今治北の3点ビハインドで迎えた9回ウラに、思わぬドラマが待っていました。

6番・横山の内野安打をきっかけに、7番・多勢が右中間へのタイムリー3ベースで1点を返した後、
1番・檜垣が、川之江の2番手投手・エースの池田が投じた初球をバットの芯でしっかりと捉えます。

これが何と左中間スタンドへ飛び込む起死回生の2点本塁打となり、土壇場で5-5の同点に。
この後、各打者がきわどいボールを見極めるなどして四球を絡めながら、満塁のチャンスを掴むと、
5番・2年生の松本がレフトへタイムリーを放ち、「6×-5」でゲームセットを迎えました。

「勝負は下駄を履くまで」とはよく言います。残念ながらオンタイムでの中継はありませんでしたが、
涙をこぼし、体を震わせながら、心の奥底から湧き出る魂を叫んだような気がします。

「高校野球は最後の最後まで分からない。そんな高校野球が素晴らしい、大好きだ」と。
球児には酷な結果であり、勝った負けたで騒ぐなんて、けしからんという人もいるんでしょうが、
それを承知で書くのならば、手放しで喜ぶわけじゃないけど、そんなドラマに立ち会えて嬉しかった。
グラウンドで精一杯の力を発揮しながら戦った両チームの健闘を称えたいと思います。

そして、第2試合では今治西が7-2で済美の3連覇の夢を阻みました。
先制しながらも済美はリードを守りきれず、終盤の大量失点で万事休す。

試合後のミーティングが終わるのを見計らって、選手たちに挨拶をしようとグラウンドへ降りました。
先輩たちに続こうと奮闘してきた去年夏の甲子園経験者2人も、涙に濡れていました。

私が感謝の気持ちを込めて握手を求めようとすると、沢良木選手はキャッチボールを止めて、
握手に応えてくれました。その後、私の姿を見つけた長谷川主将も近くまで来てくれました。

長谷川主将は「僕のせいです」と肩を落としていましたが、ゲームセットの瞬間、辛い気持ちを
堪えながらバットを片付けながら整列を促す長谷川主将は、最後まで「主将」を貫きました。

「もう少し投げたかったです」と話してくれたのは、沢良木選手。いや、沢良木投手でした。
チーム事情で投手を去年秋から務めてきましたが、真面目な性格でしっかりエースに成長。

この日もキレのあるスライダーも絡めながら力投しましたが、スラッガー・沢良木選手をもう少し
見たかったのも事実。夏の選手権は改めて勝者と敗者を容赦なく振い落とすものだと感じました。

グラウンドを去ったチームから2006年7月29日

7月26日、3回戦で姿を消した宇和島東・北岡監督。

「選手は精一杯やったけど勝つことができなかったのは監督のせいです。こんな監督だけど、
一緒に戦ってくれた選手には有難うと伝えたいです。地域のみなさんに協力してもらいましたが、
また応援されるようなチームを作りたいと思います。宜しくお願いします」

7月27日、準々決勝で今治北に敗れた宇和島南・松本監督。

「選手たちは自分たちの力を発揮してくれたが、敗れたのは監督の采配ミスです。
去年卒業した3年生の素地があったからこそ、今年の活躍があるわけですし、この夏も
控えに回った3年生もいました。下級生には今後も良い伝統を引き継いでほしいと思います」

11年ぶりのベスト8入りに貢献した宇和島南・天白投手。

「(ベンチを引き揚げる時も笑顔で)負けたけど、自分の力が出せて満足です。ピンチでしたが、
監督からは<ランナー全員帰ってもいいから>と背中を押されて、マウンドに送り出されました。
きょうは6回にキャプテンのダブルプレーに助けられたことが印象に残っています」

去年から愛媛大会に出場していた門多主将。
「最後は悔しくて思わず泣いちゃいましたけど、いつも笑顔で戦うことができて、最高の夏でした。
新チーム結成時は、自分が打って守らないと駄目でしたが、この夏は自分が支えてもらいました。
天白は入部した頃ストライクが入らなかったけど、僕が言うのも変ですが、本当によく成長しました。
同じ中学出身の選手やシード校とも対戦できて、今は感謝の気持ちでいっぱいです」

7月28日、川之江と対戦した準々決勝で敗れてしまった新田・秋山監督。
「きょうはどちらのチームにとっても厳しい試合だと思っていました。ただエラーが象徴するように、
自分たちの力を出し切ることができませんでした。これから再び、自分たちのプレーができるように、
そのための準備・練習をしっかり積んでいきたいと思います」

下級生ながらテンポの良い投球でチームのリズムを作ってきた2年生・下久保投手。
「悔しいです。もう1度、キャプテンの加嶋さんとバッテリーを組みたかったです。加嶋さんには、
僕のボールを受けてくれたことに感謝したいです。キャプテンとしても、キャッチャーとしても、
全国で1番良い人だと思うんです」

去年春センバツに出場したメンバーの1人、チームを引っ張ってきた加嶋主将。
「あまり力を出せませんでした。力不足も感じました。ビハインドを背負っても雰囲気を切らさず、
まだまだ行けると声を掛け続けてきた。今の仲間たちともっと野球をしたかったです」

シード相手に善戦2006年7月25日

きょうから3回戦がスタート。松山での第1試合、松山東は第1シード・今治北と対戦しました。
愛媛大会が始まる直前、松山市内で開幕戦に備えて調整するチームを訪ねました。

「これまで開幕戦は勝ったことがないんですよ、でもシード校と試合やりたいなぁ」と石山監督。
グラウンドでは、控え3年生が打撃投手を務めるフリーバッティングが行われていました。

よく見ると、180センチ前後の選手が、バットを気持ちよさそうに振っているのが見えます。
「大型選手が揃いましたね」との問いに「だから攻撃的なチームにしようとしたんですよ」との返答。

1日1500本のスイングを個人に課した冬のトレーニング。石山監督が就任してからの4年間は、
守備型チームを目指して強化を図ってきましたが、このチームはメニューから違っていました。

マシンを設置してのフリーバッティングは打つ間隔をティーバッティング並みに短くしてみたり、
素振りも右打席だけでなく左打席のスイングも連続で交互にしてみたり…。とにかく試しました。

成果は存分に発揮され、1回戦を石山監督開幕戦初勝利で突破すると、2回戦も豪打で逆転。
チームは3回戦まで勝ち進み、大会前から望んでいた「シード校との対戦」が用意されました。

試合前取材で「今治のチームを松山のスタジアムで迎え撃つ心境は?」と石山監督に伺うと、
「個人的に3塁側は好きですし、ホームの気持ちでいけそうだし…」と笑顔で答えてくれました。

試合は1回裏、今治北に先制されながらも、2回表には重松主将のレフトオーバーのソロ本塁打。
その後、勝ち越されるものの、3番・黒木のタイムリーで2対2の同点。勝負は終盤7回でした…。

2アウト1・2塁からレフト前ヒットが飛び出した際、2塁ランナーがホームへ突進。しかし、
今治北もレフトからの<完璧な>中継プレーが出たため、本塁寸前でタッチアウト!その裏、
一転ピンチを迎えると、送球エラーにタイムリーヒットが絡んで、勝ち越しを許してしまいました。

試合終了後、石山監督は控え室でベンチに座ったまま、しばらく動くことができませんでした。
周りの選手たちが控え室から道具を運び出す中、時折汗を拭うだけで、じっと固まっていました。
新聞社の記者が「すいません」と申し訳なさそうに声をかけるまで…。

「(今治北を上回る)11安打を打てたけど、勝てなかったのは監督の責任。7回のレフト前ヒットで、
勝負を仕掛けましたが、守備力で負け。ゼロからやり直しです」と厳しい表情で語った後、
試合後のミーティングでは人目をはばからず、悔し涙を流しながら、選手たちを労いました。

去年、一昨年と松山商業に敗れて、今年は第1シードに敗れました。しかし、いずれも激戦。
いずれも「ひょっとしたら勝てたのではないか?」と思えるほど、選手たちが実力を出し、
輝いていた松山東の夏、今年は去年より1試合多く戦い、3回戦で幕を閉じました。

月曜日順延分から2006年7月25日

第2試合は、11年ぶりの勝利を挙げた新居浜工業が登場。
5番・藤井捕手は久々の1回戦突破について、こう振り返ってくれました。

「チームは今までにない盛り上がりでしたよ。学校に行ったら、みんなに祝福されましたし。
もちろん、これで満足することもなく、みんなと1日でも長く一緒に野球をしようと必死でした」

対戦相手は、第4シードの川之江。新居浜工業は、きょうも2年生エース・高地を起用しました。
3回まで両チーム無得点でしたが、4回表に藤井捕手の先制タイムリーが飛び出します。

藤井捕手は「展開は予想を超えて完璧だった。直球もコントロールも全体的にも良かった」と、
先発・高地の良い立ち上がりによって、新居浜工業ペースになるかと思われたのですが…。

直後の4回ウラ、際どいコースにボールを投げるのですが、ことごとくわずかに外れて、
大量失点であっさり逆転を許します。「決めたい時に決まらない」投球が続いてしまい、
焦りを感じながらも「ともかく思い切って投げよう」と、マスク越しに声をかけ続けたそうです。

徐々に点差が開き、最後は6点差がついた場面での打球がレフトに打ちあがった瞬間、
「<頼むからボールを取ってくれ>と心の中で願いましたが、駄目でした。
相手ランナーがホームに帰ってきた時は、これで野球人生も終わりかと思いました…」

7回以降、7点差が開くとコールドゲームが成立してしまい、
ラストイニングを迎える前に、新居浜工業も「2対9」で敗れました。

「(4月から新居浜工業に赴任した)大西監督が就任してから意見が合わないこともあったけど、
大西監督を信じてやってこれた。今後は高地を中心に頑張ってほしい」と後輩に託しました。

来年は学校創立70周年の新居浜工業。
久しぶりに噛み締めた夏の勝利を忘れずに、今後も頑張ってほしいと思います。

愛媛大会7日目2006年7月23日

松山は第1試合の3回表終了時点で、雨が強く降り出したため、ノーゲーム。

「正直ホッとしました」と胸をなで下ろしたのは、3点ビハインドだった松山工業の白方監督。
1回戦13奪三振ショーを披露した松永投手の調子が上がりませんでしたが、仕切り直しです。

「これで開き直ってくると怖いですよね」と語ったのは、3点リードしていた新田の秋山監督。
先発・下久保投手の立ち上がりもまずまずで、序盤から得点も重ねて良い試合運びだっただけに、
「こんな天気ですからね」と言いながらも、残念そうにスタジアムを後にしました。

7日目は第1試合のノーゲームに続き、第2試合以降も雨のために、あすに順延…。
ただ、第2試合を控えて、続々と選手や応援団も坊っちゃんスタジアムに到着していたため、
川之江・新居浜工業の両チームの投手陣は、ブルペンで軽めの調整を行っていました。

このところの雨でコンディション作りは選手だけでなく、各球場のグラウンドも大変ですが、
その影響は絶対少ないほうがいいと願いつつ、また明日に備えることに致します。

追伸:わが母校はすでに1回戦で敗退していました…。

愛媛大会6日目2006年7月22日

松山での第2試合、今治南の村上投手は、坊っちゃんスタジアムのマウンドにいました。
去年は2回戦で2年生エースの対決を投げ勝ち、3回戦進出の原動力になった右腕。
あれから1年を経た集大成の夏、彼は再び坊っちゃんスタジアムのマウンドにいました。

序盤からアウトローへのストレートで見逃しの三振を奪うなど、村上投手らしさを出しながら、
6イニングスは宇和島南打線を寄せ付けず、無失点で切り抜けていくのですが。

「実は5回が終わってから、指先に力が入らなくなったんです。1回戦は足を巧く使えなくて、
コントロールに悩んでいたんですが、この試合はそうじゃなくて…、スタミナなんですかねぇ…」

明確な理由はともかく、事実として迫り来る「指先に込められていたはずの握力の喪失」。
転機は7回。この回先頭をヒットで出した後、次打者の勝負球に選んだのは「スライダー」でした。

「2ストライクまで追い込んでいたから、私はすっかりアウトローのストレートだと思ったんですよ。
足が上がって、腕を振って、ボールをリリースするあたりで、思わずベンチでわめいてしまった」と、
その場面を振り返り、<一番悔やまれる配球>と試合後につぶやいたのは檜垣監督でした。

「もう少し変化球が投げられる状態であれば、勝負球はもちろんストレートでした。ただ…」。
窮地に立たされても、タイムを取ってスパイクの紐を結び直すなど、マウンドでの冷静な対応は、
投手としての成長の一端を垣間見ることができましたが、勝負球の選択には苦慮したようです。
「この試合、打たれるなんて思っていなかったんですけど…」

8回に逆転を許した今治南。再びリードを作ることも、試合を五分に戻すこともありませんでしたが、
最終回の攻撃、9回を完投した村上投手に打順が巡ってきました。無死1塁の場面です。

「最初から送る指示はありませんでした。ただ、1塁のベースコーチャーに<切り替えようぜ>と
声を掛けられたとき、思わず涙が出そうになりました。その時は、もちろん我慢しましたけどね」

1打席目、2打席目と連続タイムリーを放っていましたが、この場面では、
力なくボールが曇天に打ちあがり凡退。後続も倒れて、村上投手の夏が終わりました。

「これで終わった」…3塁側応援スタンドへの挨拶を終えて、ダッグアウトへ引き揚げる頃、
つい先ほどまで我慢してできた涙があふれてきました。堪えることができませんでした。

「きょうのピッチングですかぁ…。普通ぅ…、微妙ですねぇ」

試合後、話を聞いている間、村上投手は引きつってしまうであろう頬を指でさすっていました。
泣いていたことを感じさせまいとする強気な性格が、そんな仕草をさせるんだろうなと感じました。

ピンチになっても、エースがマウンドに立つ。そして、少しだけ柔らかい表情を見せる。
それだけで、バックは、ベンチは、指揮官やスタンドは、安心するんでしょうね。

2年生として臨んだ夏から1年が経ち、走り込みで球速も制球力もUP。背番号は10から1へ。
球種も縦のカーブを覚えたことで、左右だけでなく上下の変化も身につけて臨みました。
この夏の目標は、去年の3回戦を上回る<ベスト8進出>でした…。

残念ながら、その夢は途絶えてしまいました。
私も個人的には、もう少し彼のピッチングを見てみたかったです。

どうしちゃったんですかね…2006年7月21日

きょうも雨のため、高校野球愛媛大会は中止になりました。
大会6日目はまたしても順延となりました。

開幕日は晴れたのに、ここ3日は雨。しかも場所によっては甚大な被害をもたらしています。

梅雨末期にはたくさんの雨が降るというのですが、その時期がいつもより後ろへずれていて、
その雨量もいつもより極端に多くなっているのは…何かあるとすれば、考えすぎでしょうかね?

ただ、言えることといえば、選手たちのコンディション作りが難儀しそうです。

きょうは休養日ですが…2006年7月20日

きのうの吹奏楽部の奮闘振りはいかがでしたか?
大会直前だけのご紹介となりましたが、そこに至るまでの苦悩や葛藤を乗り越えて、
目前に迫った大会へ向けて、頑張っている様子を見ると、自分の(近い?)過去が思い出されます。

さてさて、そんなこんなで、きょうの高校野球愛媛大会は、ほとんどの学校で終業式のため、
お休みとなっています。ただ、今も降り続いている雨が、あす以降も影響しないか心配です…。

さてさてさて、そんなこんなで、きょうのニュースBOXは「応援団特集」。
毎年最初の休養日にお送りしている恒例の特集ですが、果たして今回は?

担当ディレクターは、水口アナと柳瀬アナ。毎日1塁側と3塁側に分かれてレポートする2人。
今回は力を合わせて、VTRを作っています。このブログを書いているのが、午後2時過ぎ。
まだ、VTRをつないでいるので、オンエアまで間に合うのか、先輩としては雨よりも心配…。

でも、昨日の特集ディレクターより若い2人が作っていますので…って、失礼な発言を許して!
ですから…、そう!高校生に一番近いスタッフ2人が作っていますので、是非きょうもお楽しみに!

本日は中止なり2006年7月19日

きょう大会6日目は雨のため、中止となりました。
あすが終業式のため、大会再開はあさって21日からとなりますので、ご注意下さい。

でも…ニュースBOX見てくださいよ!
高校野球も熱いですが、この時期は吹奏楽も熱いのです!私もかつてはそうでした!

きょうの特集は、大会に向けて頑張っている県内の吹奏楽部を追いました。
川越アナと浦本アナの共同制作!(アタック25以来?!)きょうもニュースBOXをご覧ください!

愛媛大会5日目②2006年7月18日

部員9人の津島高校。
守備の時には、部員総出でフィールドへ。
攻撃の時には、ベースコーチャーもバットを片付ける係も、レギュラーがやります。

試合前のシートノックでは、ノックバットを握る監督に、キャッチャーがボールを渡します。
イニング毎のボール回しでは、監督と部長がベンチから身を乗り出して、ボールを引き取ります。
…とにかく最初から最後まで「全員野球」でした。

「たとえ人数が少なかったとしても、夢を追いかけてきた3年生3人の気迫を感じてくれれば…」と、
清家監督が試合前に話したように、3回には後輩たちが作ったチャンスをきっかけに、
4番・川崎が同点タイムリーを放つなど上空を覆う厚い雲に関係なく、1人1人が輝いていました。

一時はコールドゲームも見え隠れした試合、瀬戸際で踏みとどまったエースの畑岡投手

「人数が少ないとか関係なく、野球を通して<みんなでやったらできる>ことを信じてきました。
逆に9人だったのでチームワークは良かったです。それが試合に発揮されて良かったと思います」

「マウンドに立っていると、バックの声が耳に届いて、思わず泣きそうになってしまったけれど、
涙をこらえて投げました。思い切り投げて打って…悔いはありません」と試合を振り返りました。

「1人じゃ野球はできない。9人いたから野球ができたので、ありがとうの気持ちでいっぱいです」

感謝の気持ちで満たされたエースは試合後、キャプテンの川崎捕手とキャッチボールをして、
クールダウンをしました。150球以上の投球数で、マウンドを守りきった畑岡投手。

何の言葉も交わさず、いつものように、1球ずつ、1球ずつ…。
これまでと違うのは、これが高校野球生活の中で、現役最後のクールダウンだということ。

ただ、彼らはキャッチボールを終えると、後輩が担いでいたボールケースに、
無造作にボールを突っ込み、静かにスタジアムを引き揚げていきました。

彼らにとっての高校野球の終止符は、私が勝手に膨らませた想像に比べれば、
非常にあっけないものでした。しかし、それが普段の姿であり、
いつも通りの伸び伸びとした津島高校野球部らしさだったのかもしれません…。

愛媛大会5日目①2006年7月18日

第1シード・春のセンバツ出場校の今治北を、あと一歩まで追い詰めた宇和高校。

シード校相手に堂々の投球・大西投手
「勝てたはずなので悔しい。あきらめたら逆転できなくなるので、絶対あきらめないように心掛けた。
(ゲームセットの瞬間は)終わったなぁと思った。高校で野球を辞めるので、ホントに終わりだなと。
(高校野球では)礼儀とか、大事なものを学ぶことができた。僕たちの目標はベスト4以上だった。
2年生や1年生には、それ以上を目指して頑張ってほしい」

6月の日米親善高校野球で愛媛代表に選出された濱田捕手
「(試合が終わって)今までしてきたことが蘇ってきます。8回に2点を取られた時は、
正直あきらめかけたけど、チャンスは来ると思っていました。高校野球では精神面や礼儀などを
教わってきました。来年はベスト8を超えるようになってほしい」

試合終了後、最後のミーティングでの浅野監督。その冒頭で部員全員に頭を下げました。
「最後にミスが出たのは、俺の指導が足りなかったからだ。俺がもう少しやってやれたら…」
そして、「ありがとう」と丁寧にお辞儀をした後、3年生全員に声をかけて握手を交わしていました。

愛媛大会4日目2006年7月18日

去年夏、2回戦で接戦の末、夏の舞台から姿を消した八幡浜。当時の2年生右腕は試合後、
先輩たちと共に相手ベンチまで出向き、千羽鶴と自分たちの叶わなかった夢を託しました。

2004年春、センバツ出場直後に入学したのは、福岡投手、菊池捕手、清水主将ら主力メンバー。
「生活態度も真面目で、野球に対しても前向きだから、それが結果に出るといいね」とは宮崎監督。

去年の主力が多く残り、今年の春は済美を破るなどの快進撃で、県大会準優勝を収めた八幡浜。
新人戦や秋の大会の不振を振り払い、夏への期待が高まる中で、新田と対戦するのですが…。

8回ウラ、不運なエラーで勝ち越された八幡浜。9回表の攻撃は無得点で終わり、ゲームセット。
9回ウラ、福岡が再びマウンドに立つことは、許されませんでした。

「自分の力量が足りないなぁと。失投を逃さずに打たれました」とエースは淡々と振り返りました。

この試合、常に苦しい展開で試合は進み、気持ちが押しつぶされそうになった時、
彼を支えていたのは、帽子のつばの内側のあるメッセージでした…「尚ならできる」。

ヒットを打たれてエラーも絡んで5点を失いましたが、きわどいところを突いていき、
すこぶるスピードがあるわけではありませんが、内外だけでなく高低も使った投球で、
ボールが先行しても、彼の心の中で燃え続ける「攻めの姿勢」は、最後まで衰えませんでした。

自らが思い描いた夢は志半ばで途切れてしまったけれど、
自分を信じて突き進む大切な時間を経験できた3年間をこう締めくくりました。

「とても楽しい3年間でした」

同じチームで戦ってきた清水主将は、腰痛と戦いながらの3年間。
春の大会は主将でありながら出場できるコンディションには至らず、ベンチを温め続けてきました。

一方で、チームが勝ち続ける「もどかしさ」も含みながら…。
いや、彼が精神的な支えることで、チームはまとまったと、宮崎監督は証言してくれました。

この試合もフルタイム出場ならず、8回の守りでは先発ポジションのセンターではなく、
伝令役としてベンチを飛び出して、宮崎監督のメッセージを伝えると共に、チームを鼓舞しました。

「試合は最後までいけると思っていた。負けた瞬間は、苦しかったことが一気にこみ上げてきた。
ただ、人生で大切なものを学べたので、監督やお世話になった人に感謝したい」と話し、

「野球は力があるものが勝つんじゃない。試合運びがうまいところが勝つんだと思う。
本当にその意味を理解して、八幡浜高校の名を轟かせて欲しい」と後輩にエールを贈りました…。

愛媛大会3日目2006年7月16日

放送されることはありませんでしたが、きょうは第2試合「小田対新居浜工業」の担当でした。
試合が長引き、午後2時からの放送枠への対応として、プレイボールから放送席でスタンバイ。
ところが、午前11時半から始まった試合は、午後1時を迎える前に終わってしまうのでした。

「防ぐところを防げなかったのが痛かったですね。2年生投手をなるべく引っ張りたかったですが、
もう制球が定まらなかったので、ライトにいた3年生に替えました」と淡々と振り返るのは高橋監督。
攻撃では3塁まで進めず、守備もミスが失点に繋がり、全くが自分たちの力が出せませんでした。

しかし、12点ビハインドで迎えた5回裏2アウト1塁、9番・高本選手の場面にて。
ゴロをさばいたショートが、2塁のベースカバーに入ったセカンドへ送球しますが、「セーフ」の判定。
この後、1番の東灘がサードゴロに打ち取られて、本当に試合は終わってしまいますが、
最後の最後まであきらめない姿勢から、小さな奇跡が生まれたのです。

「最後まであきらめないのは、当たり前ですよ」と高橋監督はさらりと言ってのけました。しかし、
12点という大量ビハインド。タイミング的に明らかなフォースアウトがコンマ何秒単位で迫る中、
1塁ランナーは前の塁に進むことだけを考えて、一目散に走っていました、強く祈りながら…。

「セカンドに早く行かなきゃと思っていました。(2塁に進んでからも)打者へ向かって、ホームに
返してくれと願っていました。今のチームでもっと野球をしたかったけど、終わってしまったので、
今度は新チームで頑張りたい」と、2年生の奥元選手は声を震わせながら私に話してくれました。

ベンチを引き揚げ、自分たちの荷物を手に、坊っちゃんスタジアムの正面玄関を出たところで、
3年生にとっては最後のミーティングが開かれました。中には、目を真っ赤にした選手たちも。

「3年生は4人だけだが、一生懸命頑張った。確かに結果は辛いけど、先輩の足跡に胸を張れ。
今となっては、試合を取り戻すことはできないし、3年生は高校野球ができないんだけれど、
あの時にあのプレーがあったから…と思えるようになれ」と、高橋監督はメッセージを送りました。

吉田部長も「スタンドの応援が聞こえただろ。絶対に忘れるな、この恩を忘れるな」と続けました。

平成の大合併によって、小田町が地名からなくなってしまった現在。地域への帰属意識を改めて
感じさせてくれる1つが故郷の学び舎だと思います。残念ながらフルイニング戦えませんでしたが、
開会式で見せた入場行進、先述の気迫あふれるプレーは、まさに地元の誇りだと思っていますし、
選手たちは、いろんな人によって支えられているということを、胸に刻んでほしいと思いました。

愛媛大会2日目②2006年7月15日

この日の第1試合は、1回戦屈指の好カード「松山北対今治西」。
今治西が松山北・前田投手のわずかな制球のズレ、守りのミスを逃さず得点を挙げると、
一時は松山北に2点差まで詰め寄られながらも反撃をしのぎ、2回戦進出を決めました…。

松山北の前田投手、キャッチャーの兵頭主将にとっては、最後の夏でした。井上監督は試合前、
「入部してきた時から、この2人をバッテリーにしてチームを作りたかった」と教えてくれました。
前田投手は1年夏、大所帯の先輩部員を押しのけてスタメン出場。その後も兵頭選手とともに、
思い切り良いプレーでチームを引っ張りました。しかし、今日は自分の投球ができませんでした。

エースナンバーのサウスポーは帽子を目深にかぶり「何もないです…」と声を絞り出しました。
そして、引き揚げる間も、ずっと止め処なく流れる涙を何度も何度もタオルでぬぐっていました。

バッテリーを組んでいたキャッチャーの兵頭主将。「ずっとピッチャーを信じてやってきました。
デッドボールを多く与えてしまったけど、ピッチャーもバッターも攻める姿勢があったからだと。
とにかく切り替えて、切り替えて…と思いながら、リードしていましたし、声をかけていました」

「大会前に弱気な面を見せていたんです。でも選手を信じているし、堂々とマウンドへ送りました。
ほろ苦い夏になってしまったが、これまでやってきたことを誇りに感じてほしい」とは井上監督。

9回オモテ、1アウト1塁から3番・佐伯選手。4番・兵頭主将が「打順を回してくれ」と願う中、
佐伯選手の打球は、ショートライナー。飛び出したランナーが帰れず、ダブルプレーでゲームセット。
最後の打者は試合後、ベンチに入れなかった仲間たちと肩を叩き合うのが精一杯でした。

「次の兵頭につないだら展開も変わっていたはず。インパクトの瞬間、手ごたえはあったんですが。
どんな辛いときでも、みんなが声を出して支えてくれた。部員数も多く、グラウンドも狭い中、
良い環境を作ろうとした仲間たちに感謝したい」と、佐伯選手は最後の夏を締めくくりました。

追伸:この日、私が球場に到着したのは、午前7時過ぎ。既に到着していた松山北は、
ベンチ外の選手たちが中心となり、ゴミ拾いをしていたことを付け足しておきます。

愛媛大会2日目①2006年7月15日

第3試合・北条対八幡浜工業、北条を率いる皿海(さらがい)監督は公式戦初采配。
皿海監督は広島県出身、福山市内の神辺旭(かんなべあさひ)高校時代、センターで活躍。
「高校時代は広島商業に8対0で勝ったり、高陽東にも勝っていたんですけどね…」
愛媛大に進学後は肩の故障のため、硬式ボールを軟式に持ち替えて4年間を過ごしました。

大学卒業後に教員採用されると、宇和島東で3年間、野球部顧問を務めながらコーチ役で、
高校野球に携わってきました。そこで、3つの基本練習、アップが大事だと学びました。
「北条に赴任して、最初に手を付けたのはキャッチボール。次に足を揃えてのラン。そして、
キッチリ投げてキッチリ芯でボールを当てるトスバッティング。これだけで終えた日もありました」

キャッチボールでは、内野でのボール回し100周を、ミス無くすることを義務付けました。
1回失敗したら最初からやり直し。2時間半もかかった練習が、15分でできるようになりました。
「チームのテーマは<プレッシャーに強くなるように>でした。95周目とか腕が縮んでましたが、
慣れてくるようになると、しっかり腕を振って、相手にボールを返すことができるようになりましたよ」

試合前のじゃんけんで勝って、先攻を選んだ北条。皿海監督は、さらに意気込みます。
「1回オモテから全力で行きますよ。1番西川もチーム一の能力を持つ、うちの看板ですから」

1回の西川は初球で討ち取られますが、後続が奮起して、見事に先制点を奪取。
一度は追いつかれますが、4回の勝ち越し点は2年生の8番・石川のバットからでした。
「あいつは、片道1時間以上かけて自転車でやってくるんですよ。その思いが報われましたね」
勝ち越しを決めると、再び八幡浜工業に追いつかれること無く、追加点を挙げながら逃げ切ります。

ハラハラドキドキの中、ゲームセットと同時にヨッシャーと叫び、思わずガッツボーズが出ました。
「おめでとう、ありがとうと言いたい。みんな男になったし、私も男にさせてもらいました…」

日焼けした顔、目を大きく見開きながら、興奮した表情で試合を振り返る皿海監督の右手には、
公式戦初勝利の記念すべきウイニングボールがしっかりと握られていました。

「これですか?ウイニングボールは、広島にいる父親と母親にさっそく送ります!」

愛媛大会初日が終了2006年7月14日

史上最多の64チームが参加して、第88回全国高校野球選手権愛媛大会が開幕しました。
この大会の最初の試合、オープニングゲームは「南宇和対松山東」でした。

南宇和は前日学校で練習してから松山市内へ移動して1泊。宿舎でのミーティングで、
細田監督は「負けるなよ!」と一言だけ言って、翌日の決戦に備えたそうです。

南宇和高校は、県内最南端にある県立高校。一時は1学年11クラスあった大規模校でしたが、
少しずつ生徒数が減少。部員数も3年生が2ケタ台ですが、2年生、1年生と徐々に減っています。
今の小学生が高校生になる頃には、全員集めても1学年4クラスになりそうだと心配されています。

生徒数の減少をよそに、試合前の細田監督は笑顔で、試合への意気込みを語ってくれました。
「開幕戦の策はないですよ。これまでの練習試合で出たような、良い形をするだけですからね」

選手と監督の信頼感は、これだけで十分伝わりました。細田監督が手がけた3年目のチーム、
最高学年の選手たちは入学時から1人も欠けることなく、ここまで指揮官を信じて戦ってきました。

しかし、試合は先制するも逆転を許し、ラストイニングを残して、16対7の8回コールド負け。
試合後、正面玄関の外では、途中マウンドに上がりながらも、
松山東打線を抑え切れなかった2年生の猪崎投手や中村選手が泣きじゃくっていました。

「こいつら、3年生を押しのけて背番号をもらったのに、勝てなかったから悔しいんだよなぁ」
先ほどまで流していた涙と汗をタオルで拭いながら、細田監督は選手たちをねぎらいました。

その一方で、気丈に振舞っていたのは、キャプテンの兵頭くんでした。
「練習試合でこんなに打たれることはなかった。終盤に集中力が切れかけていたから、
何とか最後で取り戻そうって、みんなに声をかけていたんですがね」と試合を振り返り、
泣きじゃくっていた後輩たちには、この悔しい思いをバネに頑張ってほしいとエールを贈りました。

ただ、監督への恩返しができなかったことを口にしたとき、一瞬だけ表情に無念さを滲ませました。
「僕ら1人1人、常に声をかけてもらっていたから、何とか1勝、2勝としたかったんです…」

1点を取る、1勝を挙げる努力を重ねても…。
1点を防ぐ、1敗を阻止しようと試みたとしても…。
望もうと、望まざると、結果はやがて、時には突然、訪れるようです。

2005年、夏のファイナルから1年を経た今、改めて「勝負の厳しさ」を痛感した大会初日でした。

最近しなければならないこと2006年7月 9日

バーゲンで浮かれていたら、今度は左上の奥歯に入れていた詰め物が取れた市脇です(涙)。
きょうガムを噛んだ後、昼食のヒレカツ弁当を食べている辺りから違和感があったのですが…。

まぁそれは仕方ないとして、最近はメモを取らないと心配で心配でなりません。
忘れてしまうのが怖いこともありますが、どれから先に手をつけるべきかを考えるんです。

会社のデスクにもメモパッドがありますが、急に「あれしておいて」と言われると動揺します。
さらにはメモを整理する時にどこかへいくこともあり、独自の整理法には修正が必要なようですっ。

さてさて、日付が変わって午前3時から、いよいよワールドカップ決勝!
私の勝手な予想では、2-0でイタリア勝利と思っていますが、みなさんはいかがですか?
すでに午後9時を回ったけど、この試合に備えるためにはいつ就寝したらいいんやろかぁ~。

歯医者とバーゲンと免許更新、それから2006年7月 7日

きょうはオフでした、オフにしました。オフが欲しかったんです。

先日お伝えした歯の詰め物の治療に続き、歯石が溜まりつつあったので、
それらを取り除くメンテナンスをしようと、午前中は市内の歯科へ足を運びました。

それが終わって正午前、近くの百貨店に移動して、1日から始まったバーゲン目的で。
3割引の靴やシャツを買い求めて、他にも見たいのが山々だったんですが、運転免許センターへ。

午後から講習を受けながら、夕方には市内で高校野球の取材に行きました。
監督と話し込んでいるうちに、気がつけば、あっという間に陽が傾いて…。

そうこうしているうちに、来週の今日には愛媛大会が開幕かぁ…。
じ、時間の経過が、は、早いなぁ…。

ここんところは…2006年7月 7日

気がつけば7月7日、そう七夕ですわ!♪さぁさぁのぉはぁ~さぁらさらぁ~。
そういえば、昨夜ふいに立ち寄ったコンビニのレジにも小さな短冊を見つけましたな。

「萬馬券ゲット」

…なんじゃそりゃ。まぁ願い事は叶うかどうか分かりませんが、
ある意味「叶ったもん勝ち」いや「願ったもん勝ち」みたいなところもあるような(笑)。

私も幼い頃は短冊を笹に括り付けていましたな。どんな願い事を書いたか忘れましたけど。
でも、多分しょうもないことを書いていたと思いますが…。

う~ん…あ、1週間後は高校野球愛媛大会の開幕じゃないの!
ここんところ、日常業務と平行して作業を進めているのですが、準備不足が否めませぬ。

間に合うかわかんないけど、もし願い事が叶うなら、無事お喋りができますように!
そして、全ての高校球児たちが、最後まで全力でプレーできますように。
それを支える生徒や指導者、地域の人たちの思いがプレーを後押ししますように。
でも、これ全て順不同でお願いします!あ、視聴率も(笑)。

なぜ、このタイミングで…2006年7月 6日

それぞれは全く別のことなのに、勝手に結び付けてしまう不謹慎なところがあるようです。
先日、サッカー日本代表の中田英寿選手が現役引退を発表したことで、思うことがあります。

まだやれるという周囲の見方もあるけど、中田選手は選手としてのピリオドを打つことにしました。
ジュビロ磐田の中山隊長や横浜FCの三浦知良選手といった「現役の大御所」から見たら、
私のような素人サポーターの想像を容易に上回るほど、複雑な心境なんだろうなと思います。

そして、プロ野球の世界では、北海道日本ハムファイターズの新庄剛志選手も、
今シーズン限りでの引退を発表しているのは、周知の事実ですよね。
彼も同様に「まだやれる」なんて声どころか「まだシーズン序盤なのに」という声もありました。

ただ、自分の人生を自らの判断で下すことができるのは、ある意味で幸せな気がします。

生まれた境遇、育ってきた環境、様々な要因で、望まざる人生を送った人の方が多い中、
好きなことを生業にしているだけでなく、それが人々に勇気や希望を与えることがある。
それどころか、記録として残ることもあれば、人々の心に記憶として刻まれることもある。
逆にプレッシャーになったり、プライベートが削られたり、嫌な思いをすることもあるのだけれど。

彼らは才能に満足せず、次のステージへ向けての道を切り開く意思を併せ持っていたからこそ、
ここまで好きな道を選んでやってこれたのかなぁと思う部分もあります。

後ろから肩を叩かれたり、白いタオルを投げ込まれて、リタイアするのも辛いけど、
その時のリタイアは正当な理由がない限り<諦め>が大部分を占める気がするんですよね。

その一方、2人については「引き際の美学」という表現が一瞬だけ、頭をかすめるのですが、
私は余力を残して一線を退くことも、実は辛いことはないんじゃないかなと思うんですね。

辞めることに対して、周りからの干渉なく「自分で決めなきゃいけない」わけですし。
これは葛藤に次ぐ、葛藤なんじゃないかなって、勝手に考えています。

「まだやれることなんて、分かっちゃいるけど、私は辞めます!」
…その潔さは、小心者の私にはまねができません。

あれがポロリ…2006年7月 3日

きょうは晩飯の後、健康のために結構な距離を歩いてしまった市脇です。
あ~あれさぇなければ、もっとすがすがしかったのにぃ(怒)。

といいますのも、小生の奥歯(右上の一番奥)にあった詰め物が晩飯中に「ポロリ」。
芸能人対抗水泳大会での「ポロリ」であるならまだしも…(←例えが古い!)。

おかげで晩飯の途中から、左側の歯だけで噛むことを強いられました。
しかも気にしていながら、右側の頬の内側をたま~にガリッと噛んじゃうから厄介なんですわ。

「モグモグ…ガリッ…痛ッ!…う~ん…ふぅ…モグモグ…ガリッ…痛ッ!…はぁ…」

先週の夏風邪に続き、おいらの体は少し蝕まれているかのようです…。

1年の折り返し点過ぎちゃった2006年7月 3日

6月は終盤にかけて、31回目の誕生日を祝った途端、風邪にも見舞われる起伏の激しい月でした。
高校野球学校紹介の取材も6月30日をもって、ひとまずは終了。まだ編集が残っているけどね。

遅くなりましたが、恒例の「行く月、来る月」でもやろうかな…別に恒例じゃないかっ(失笑)。
そういう意味での「遅くなりましたが」であり、見出しの「折り返し点過ぎちゃった」なんですけどね。

昨日は、一昨日よりも良かったのかなぁ。

今日は昨日より、明日は今日よりいいなんて、ボンヤリ望んでいてはないだろうか。

明日は、今日よりも「自分から」ちょっとだけ良くしてみよう。特に根拠はないけれど。

この7月は、過ぎ去ってしまった6月よりも良くなるようにしてみよう。別に手立てはないけれど。

去年や一昨年よりも、手帳やこの日記を読み返したときに後悔だけはしないように…。

それでは、ここらへんで合掌…。

アナウンサールーム

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坂口 愛美

■坂口 愛美

吉井 万結

■吉井 万結

大堀 結衣

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長廻 雅美

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大沢 寧工

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市脇 康平

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村上 健太郎

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戸谷 勇斗

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