番組審議会

第101回 放送番組審議会議事録

1. 開催日時:平成17年3月25日(金) 午後3時
2. 課題番組:「愛のエプロン」
          毎週水曜日 19時00分~19時54分(54分)放送
3. 記事の概要:
・この番組はずっと以前に深夜帯で放送していたことがあり、その頃にたまたま見たことがある。そのときには、もう一回見てもいいかなと思った記憶がある。視聴率が良かったということなのか、ゴールデン・アワーに進出してきているが、深夜帯でOAしていた頃に比べると、コメントもリアクションも抑えられていると思う。深夜帯の頃は、コメントもどぎつかったし、口の中のものを戻したりするところも撮ることがあって、見ていて気持ちが悪くなった。すこし皮肉な言い方をすれば、普通の料理バラエティは、見ていて食欲がわくが、これほど食欲が減退する料理番組はない。ダイエット向き料理バラエティだと思う。内容的な問題点として指摘せざるを得ないこととしては、やはり食材がもったいないということがある。普通には手に入らないような高級食材を使っているわけで、もったいないという非難は避けられない。番組の構成としては、調理の様子、試食、コメントの時間配分が上手で、編集もうまくいっている。調理の様子については、もう少し見てみたい感じもするが、おそらくあれ以上見せると、面白さよりも不快さが増える可能性が高いと思う。試食者のコメントについては、もう少し「愛」が欲しいなと思う。人を笑いものにしているだけというか、笑いを取らんがために意図的に激しくしているとしか思えないコメントが少なくない。厳しさも度を越してしまうと、見ている方まで不愉快になる。3月2日放送分については、KONISHIKIさんのコメントが良かった。「目指している味が違う」「割とまずいよ」「私のお腹が怒っている」「日本語が足りない」など、コメントの毒々しさを巧く円やかにしていて、KONISHIKIさんが出るのなら、そのときはもう一回見てもいいなという気持ちになった。

・深夜帯から19時台になってどうなったのだろうと思い、恐る恐る勇気を振り絞って番組を見た。確かに19時台になって、随分見易くなった。魚が捌けなくてキャーキャー言ったり、比較的簡単な料理なのにとんでもない手順で調理したりするタレントも居て、情けないと思う方も少なくないとは思うが、自分が結婚したときのことを思いだすと、あれほど極端ではないが、気持ちは理解できないわけではない。お題が「酢豚」のときに、水前寺清子さんが「私は酢豚が嫌いなので…」とおっしゃっていたが、確かに、自分の食べたことのない料理や嫌いな料理をするのは、とても難しいことだ。最近は、食事の準備を手伝うという機会がなくなりつつあるが、この番組のような手法で失敗例を見せておけば、最低限、これはしてはいけない、これはしておかなければならないというような重要ポイントは印象に残ると思うので、教育的効果がないわけではないとも思う。番組の内容としては、どうしても失敗例が全面に出てきてしまうが、誰か一人上手い人がいると、とても救われる。全員が大失敗だとげっそりしてしまうので、そのあたりの人選は大切だ。また、よく火が通ってないとか、食べられない部位が入るとかいうようなことのないよう、安全面にはくれぐれも気をつけていただきたい。番組のタイトルは「愛のエプロン」だが、「愛」というのは、どこにあるのかと思いながら見ていた。思うには、司会の城島茂さんが「愛」を背負っているのではないか。他のゲストは、みんな出てきた料理を恐る恐る口にするが、城島さんだけは、大口でバクッと食べている。これは、番組を成り立たせる上で無視できない、大切な配慮だ。番組の構成については、CM量を番組の前半部分に多めに配分し、テイスティングに入ってからは少なめにしているなど、視聴者の集中力が途切れにくいようになっていると思う。また、ポイントポイントを取り出すと、立派な料理方法の解説になっていることは指摘しておきたい。

・女性委員からは、もっと手厳しい批判があるに違いないと思っていたが、そうでもないようで、とても意外に感じる。私は、この番組の中に少しでも良いところを見出して、そこに光を当てようと思って、いろいろ考えていたが、どうもそういうところが見つからない。率直な感想として、この番組のコンセプト、あるいは、制作者の意図、メッセージが何なのか、ちょっと分かりかねる。番組を実際に見てみて「この番組の視聴率は酷いに違いない」という予想をしていて、その予想にはある程度自信もあったが、今回頂いた資料によると、OA回にも依るのだろうが、この時間帯で何と15%を超える視聴率がある。これは正直申し上げて驚いた。

・先ほど審議の前に番組の一部をもう一度拝見したが、はっきり申し上げて、二回も見るのは大変な苦痛で、一回たりとも見るに堪えない。バラエティ番組という部分をどうこう批判するつもりはないが、それは別論としても何ともコメントのしようがない。制作者の意図、メッセージなど全く理解不能だ。資料の中に、苦情として「愛のエプロンスペシャル2 月16日(水)放送分について、タレントを笑いものにする企画で問題がある。ワースト女王の写真をテレビ朝日アトリウムに掲示することに反感を覚えます。私の主人は教員ですが、考えられないことだとショックを受けています。こどもは中学生ですが、『シャレやから、ええやん』と言っています。その言葉を聞いてさらにショックを受けました。1.ワースト女王になったタレントさんの写真の即時撤去を要望します。2.このような人権無視・人権侵害の放送を行ったことに対する謝罪を、公共の場で行うことを要請します。3.きちんとした対応がなされない場合、BPOに訴え出ます」というのがある。こういう感想を持つ人は決して少なくないのではないか。

・率直に言って、このような番組を19時台にやっていいのか。例えば、鯛を手で引きちぎって捌き、ゲストが鯛の内臓を口に入れてしまうというようなシーンは、この時間帯の番組としては大いに疑問がある。また、「飽食の時代」という言葉があるが、あれだけの高級食材を遊び感覚で無駄にするというのは、確かにいかがなものかと思わざるを得ない。番組を辛うじて成り立たせているのは、試食者の表情やコメントだけで、唯一の救いは、服部幸應さんがプロとしての的確なコメントを述べているところで、服部さんがいなければ、救い難い番組だ。こき下ろされている当の出演者は楽しそうだし、それを見ている視聴者もついでに楽しければ、それでもいいというつもりなのだろうか。

・これは料理番組ではなく、ただのバラエティ番組だ。食べるということについては、話題、笑いの種が沢山あるということである。番組の第一印象として、ちょっと敵わないなと思ったのは、幼稚で派手かましいセット、バック、エプロンで、とても見苦しい。また、既に指摘があったが、番組のメッセージというものが一体如何なるところにあるのか、理解できない。「食べ物を粗末にしてはいけない」ということを反面教師として示しているわけでもなさそうだ。しかも、これでも以前に比べて見易くなったということなら、以前は一体どういうものだったのか。ちょっとついていけない。「愛の」というタイトルが何処に関係しているのかも不可解だ。皮肉ということなのか。番組を見て気がついたのは、最近のタレントは皆食べるのが上手ということだ。日本人は人前でものを食べてはいけないという意識を持っていて、それは今でも生きているので、人の目の前で上手に食べるというのはなかなか難しいことだが、この番組の試食者は、総じて食べ方が上手だ。また、番組に「やらせ」的な要素を感じる。バラエティ番組だから、あまり固く考えなくてもいいのだと言えば、それはそうかも知れないが、いくらなんでも、全うな食材を使って、凡そ人間が作った料理が、どれもこれもあんなに大騒ぎするほど不味いというのはちょっと不自然だ。ギャグなども事前に打ち合わせている節があって、下手さ加減も打ち合わせ済みではないかと思われるときがある。料理というのは、物事を筋道立てて考えたり、処理したりする能力が試されるという部分があり、料理があれだけ下手だとすれば、タレントとしても仕事ができないのではないかと思う。

・先ほど審議の前に番組の一部をもう一度拝見したが、はっきり申し上げて、二回も見るのは大変な苦痛で、一回たりとも見るに堪えない。バラエティ番組という部分をどうこう批判するつもりはないが、それは別論としても何ともコメントのしようがない。制作者の意図、メッセージなど全く理解不能だ。資料の中に、苦情として「愛のエプロンスペシャル2 月16日(水)放送分について、タレントを笑いものにする企画で問題がある。ワースト女王の写真をテレビ朝日アトリウムに掲示することに反感を覚えます。私の主人は教員ですが、考えられないことだとショックを受けています。こどもは中学生ですが、『シャレやから、ええやん』と言っています。その言葉を聞いてさらにショックを受けました。

  • ワースト女王になったタレントさんの写真の即時撤去を要望します。
  • このような人権無視・人権侵害の放送を行ったことに対する謝罪を、公共の場で行うことを要請します。
  • きちんとした対応がなされない場合、BPOに訴え出ます。
というのがある。こういう感想を持つ人は決して少なくないのではないか。


・率直に言って、このような番組を19時台にやっていいのか。例えば、鯛を手で引きちぎって捌き、ゲストが鯛の内臓を口に入れてしまうというようなシーンは、この時間帯の番組としては大いに疑問がある。また、「飽食の時代」という言葉があるが、あれだけの高級食材を遊び感覚で無駄にするというのは、確かにいかがなものかと思わざるを得ない。番組を辛うじて成り立たせているのは、試食者の表情やコメントだけで、唯一の救いは、服部幸應さんがプロとしての的確なコメントを述べているところで、服部さんがいなければ、救い難い番組だ。こき下ろされている当の出演者は楽しそうだし、それを見ている視聴者もついでに楽しければ、それでもいいというつもりなのだろうか。

・これは料理番組ではなく、ただのバラエティ番組だ。食べるということについては、話題、笑いの種が沢山あるということである。番組の第一印象として、ちょっと敵わないなと思ったのは、幼稚で派手かましいセット、バック、エプロンで、とても見苦しい。また、既に指摘があったが、番組のメッセージというものが一体如何なるところにあるのか、理解できない。「食べ物を粗末にしてはいけない」ということを反面教師として示しているわけでもなさそうだ。しかも、これでも以前に比べて見易くなったということなら、以前は一体どういうものだったのか。ちょっとついていけない。「愛の」というタイトルが何処に関係しているのかも不可解だ。皮肉ということなのか。番組を見て気がついたのは、最近のタレントは皆食べるのが上手ということだ。日本人は人前でものを食べてはいけないという意識を持っていて、それは今でも生きているので、人の目の前で上手に食べるというのはなかなか難しいことだが、この番組の試食者は、総じて食べ方が上手だ。また、番組に「やらせ」的な要素を感じる。バラエティ番組だから、あまり固く考えなくてもいいのだと言えば、それはそうかも知れないが、いくらなんでも、全うな食材を使って、凡そ人間が作った料理が、どれもこれもあんなに大騒ぎするほど不味いというのはちょっと不自然だ。ギャグなども事前に打ち合わせている節があって、下手さ加減も打ち合わせ済みではないかと思われるときがある。料理というのは、物事を筋道立てて考えたり、処理したりする能力が試されるという部分があり、料理があれだけ下手だとすれば、タレントとしても仕事ができないのではないかと思う。

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