番組審議会

第142回放送番組審議会議事録

1.開催日時:平成21年4月24日(金)午後3時
2.課題番組:①「四季の国~冬の石鎚・瓶ヶ森を撮る~」
2009年3月20日(金)10時00分~11時00分(60分)
②「系列番組審議会議題について」:報道・情報系番組の「取材」のあり方、「情報」の取り扱いと放送倫理、人権の問題について。「裁判員制度」と放送のあり方について。

3.議事の概要:

①「四季の国~冬の石鎚・瓶ヶ森を撮る~」
・四国の自然ということで、シリーズもので今回で5回目です。1回目は冬から始まったと記憶しています。今回は今までと違い、幻の1枚をカメラマン高橋氏の存在を切り口に、自然を取材できていると思います。素晴らしい風景だと思います。テレビ局と70歳のカメラマンとの思惑が一致した番組に作り上げていると思います。動画とカメラを通した静止画のコラボレーションで、非常に素晴らしい自然の石鎚が見られたと思います。1週間冬山にこもった中で、カメラマンも50年間で1番2番に入るくらいの情景に遭遇したという表現をしていましたが、実際1週間山に入り、嵐で取材ができなかった場合は他の番組を考えていたのでしょうか?自然相手であり、本当にラッキーな映像だったと思います。高橋氏もこれが最後かなという感じで言っていました。ホームページ内でブログを立ち上げ紹介しているという部分は、我々は分からない部分で、本当にクルーとして行った人たちの苦労や1週間駐輪場で生活を共にした人間臭さ、人間との、同士との苦労話、自然に対する苦労話など、現場にいた人たちが一番感動しているのだろうと思います。逆に言えば、ブログで案内するくらい、クルーはあの情景を見た時の感動は一入だったと、映像を見ながら分かりました。機会があればホームページを見てくださいという告知があれば良かったのではないでしょうか?自然だけではなく、高橋氏の思いが映像の中で感じることができた番組だと思います。今回この企画がなければ、番組内で高橋氏は冬山が6年ぶりと言っていたので、70歳では登れない、唯一のタイミングだったのではと思います。今度は春で2順目に入ると思いますが、期待しています。

・自然そのものを追っていったというより、カメラマンの目、気持ち、心情を通して自然を扱うということで、高橋氏の「もう少し雲がかかったらいいな。雲がのいたらいいな。」という感情に、見る側も感情移入ができ、一緒になり同じ視点で自然を見ることができ楽しかったです。番組全体はスローなテンポではありましたが、ドラマがあり、ボーっと見ることができ、色々なところで「どうなるのだろう」と思いながら見ることができ、感動、退屈せずに最後まで見ることができました。1週間の取材でしたが、今日が○月○日なのかスーパーは出ていなかったと思います。ところどころは出ていましたが、毎日は出ていなかったように思いますので、毎日あれば分かり易かったと思います。

・自然を根気よく撮っており、素晴らしいと思いました。これが積み重なると大変なものになるなと思い、素晴らしかったという評価をしたいと思います。今回は安心して見ることができました。映像も出演者も安定し、思っていることが全部言葉に出るという、楽な出演者はいないと思いますが・・ですが逆に物足りなさを感じました。本当の素顔を見たい気がしました。1週間滞在している間に、撮影以外のプライベートの時間、スタッフはトランプでもしていたのかな?酒盛りしていたのかな?夜、駐輪場で寝ている寝袋はどのように入れ違いに寝ていて、鼾をかく人がいて眠れない、など、些細なことですが、生活感があれば、もっと厚みが出たのではないかと思います。また写真1枚を撮るために、高橋氏には、もっと苦悩して欲しいと思いました。最後に1枚を選ぶのにしても、例えば、有明の月がある石鎚を2、30枚撮ったと思いますが、「これが1枚」となるには、随分悩むと思います。そういうものがあって初めてカメラマン根性が出ると思います。これまで入った山の中で一番天気が恵まれていたと言いますが、逆に恵まれていなかった時の話も言葉に出せば、委員長が言われたようなところが出てくると思います。全てハッピーエンドになってしまうと、番組は引っかかるところがなく、「なんだ」ということになると思います。もう少し驚かせて意外性、サプライズがあればもっと良くなると思います。点数をつけると99点ですが、欲を言えば、「えっ」と釘付けになる部分がほしかったと思います。

・69歳の高橋カメラマンは、1つの物に懸ける情熱は半端ではなく、ひしひしと伝わり、感動しました。雪煙の中をカメラを片手に1人で行く高橋氏の姿は、巡礼者のようで美しく感じました。お寿司と同じで、素材が良いと言うことはないと思います。クルーの方も素敵で、編集の方も力が入っており、またナレーションの声は凛としていて良かったのです。ですが、これだけ良い素材を持ってこられると、それだけで圧倒される存在感でよい番組でしたと、言う言葉がない、作ってくださりありがとうございました、という感じです。1時間の風景、限られた登場人物、重みのある言葉が作った場面展開ではなく、自然が作り出してくれたドラマを感じさせていたと思います。最後の「石鎚よ、お前はなぜこんなに美しいのか」がとてもかっこ良く、印象に残っています。ここまで四季の国で良い素材を作れば、高いハードルになり、次に作る番組は大変だと思いながら見ていました。また期待しています。

・感動しました。この番組から色々な事を教えてもらいました。霧氷は日によりずっと長くなることも見たことがありませんでした。本当に撮影の傑作といいますか、感動しました。15万枚の写真の中で、石鎚の向こうに残月が出てきた風景は、初めてとのことで、1/15万で出会い、写真家の根性に心を打たれました。孤独感との戦いとありましたが、大変だろうと、見ていて涙が出そうでした。撮影の中で、「日輪」や「幻日」の説明があり、子供たちに見せると喜ぶのではないかと思いながら見ました。1時間がいつの間にか終わっていました。もっと見たいと思いました。最後の締めの言葉には、ビデオを見て私もそう思いました。ナレーションは心を掴み、トーンが良く、ひさびさに良いと思いました。BGMも良かったです。山岳写真家の高橋氏にも感動し、私もあのようになれるものだろうかと、彼の人生に感動しました。撮影の皆様にも頭が下がる思いです。100満点の120点です。

・同じテレビでバラエティー、クイズ、ニュース番組を見て、アメリカで公的資金を貰っていても何十億もの退職金を貰うという話を聞いて、同じテレビ画面でありながら、こんなにも清々しいものが見られるのかと、心洗われる気持ちでした。しかもその風景がわが愛媛県の霊峰石鎚山で、西条からわずか10kmくらいの地点にあのような世界があるということに感動しました。高橋カメラマンは、情熱家だなと思いました。50年も石鎚山に惚れ込み、追い求め、写真を15万枚、今回だけでも600枚撮り、この方を紹介したこともeatの功績だと思います。中高年にはぐっとくる、落ち着いた番組でした。1週間の冬山で、風呂にも入らずよく頑張っていました。日常生活とは違った世界に入り込むのではと思いました。高橋氏は単なるカメラマンというよりも、求道者という神々しさを感じました。

・冬山はやりませんが、トレッキング、夏山には30歳の頃から行っています。その経験があり、山の写真を撮る、映像を追及することに親しみ、共感を得ました。途中で霧は発生し撤退することもあり、その後時計を見てどうやって落とすのか?と思いました。1週間良いことばかりではなく、ですがそれが面白かったのですが・・・。あの1週間で最後にクライマックスの場面がありましたが、幸運だったと思います。それを冷静に捉えており、力量があり素晴らしいと思いました。スタッフは山の経験のある方ですか?テレビ朝日の昔のニュースステーションで山ばかり行っているディレクターがいたと思います。谷の中にも突っ込んで行き、源流まで行くという、そういう人たちかなと思いました。最初の車を押しているシーンから見ていても、なんとなく初めてなのかなと思いましたが、あのような景色を見ると、最初はなかなか冷静にカメラに収められないと思います。冷静に撮れていました。技術的なことは専門ではありませんが、スチールで撮る場合は、山深くなる時は、露出をアンダーにして撮っていると思いますが、テレビの場合、全体を見せようとし明るさを絞らないで、むしろロックをかけますが、そこの部分が写真に比べると、映像的には感動は落ちたのかなと思います。調整できる物ではないのであれば仕方ないと思いますが、あのスチールに合うような色合いを映像でも撮る事ができればもっと良かったと思います。BGMですが、趣味の世界ですが、好き嫌いでいうと、個人的にポピュラーぽい、どこかで聞いたことのあるような音楽はあまり好きではありません。映像は格調高いので、もう少しマニアックな、インストゥルメンタル中心の、凍てついた感じの透明感のあるBGMの方がもっとかっこ良かったと思います。

・BGMについて同感です。映像は格調高く重々しく、荘厳という感じで見ていました。番組がラストに近づくにつれて高まり、すごく良いなと思った時に、あのBGMは、若者の人にとっては良いのかもしれませんが、私にとっては軽く感じました。ナレーションは、滑り出しは暗過ぎてどのような番組なのだろうかと、期待感が薄れたことが残念でした。ナレーションは、番組に対してナレーション効果をもっと打ち出してほしいです。イントネーションが気になる部分が何箇所かありました。一生懸命読んで、話していることは伝わってきますが、何か足りない感じがしました。フレーズとフレーズの呼吸の間が違うのではないでしょうか?このような番組は、感情を決して表に出す必要はないと思いますが、「ここは私が好きなところ」「ここはこうあってほしい」と希望を出すなどしてはどうでしょうか?少し残念でした。声の色づけで表現をすれば、もっと素晴らしくなると思います。音声で気になった部分があります。局のカメラマンと高橋氏のやり取りは、声が聞こえるのであれば聞こえてほしいと思いますし、聞こえないのであれば、こちらの音声を聞こえないよう独り言のように呟きのようにしてほしいと思います。年齢が高くなると段々、耳が遠くなります。「なって言ったのだろう」「なんだったのだろう」と、そちらに神経がいってしまうと思うので、映像を見ながらでも、言っていること、話していることが聞き取れるようにしてほしいです。番組は素晴らしく、こういう所に住んでいる、愛媛県に住んでいることは大きな喜びだと、幸福感を与えてくれる良い番組でした。


②「系列番組審議会議題について」:報道・情報系番組の「取材」のあり方、「情報」の取り扱いと放送倫理、人権の問題について
・このテーマは「朝ズバ」や「バンキシャ」やブログの自作の問題や、活字の世界では「週間新潮」、もろもろの問題が次々に出てきています。それだけ質が落ちている番組も多くなっている気がします。最近は全般的に面白い番組が少なくなっているような気がします。今の放送番組のあり方について、色々な角度から皆さんがどのように思っているのかでもあります。常に視聴率へのこだわりが言われています。広告収入が減少している中でコストをどのようにして抑えるのか、また労力をかけないで番組制作をしているつけが、問題として浮き彫りにされていっているような気がします。ジャーナリズムの欠如、志の低下がテーマになってくるのではないでしょうか?バンキシャの中での偽装証言をした人は、新聞にも載っていましたが、その前にもテレビ朝日系列のスーパーモーニングでも、建物の偽装ということで証言していました。放送当時、放送内容は「信用できる」、信用調査会社の情報で確認しているという人でしたが、その人が日本テレビ系列のところに出ていること自体が、どのようなチェック体制になっているのかと、逆に疑問を持ちました。与えられた情報は鵜呑みにし、労力をかけないで番組を作成したり、記事にしたり、報道したり、というところに信用性が落ちる大きな要素があると思います。

・報道番組において、やらせ、偽造、スクープの為にそのようなことをするのは「いけない」ということは大原則で、当然守っていると思います。ですが、このようなことが起きてしまう。大原則がある上で、なぜ起きてしまうのか?それを防ぐ為のチェック体制あると思いますが機能しなかった。どうして機能しなかったのか、それが大切だと思います。謝礼欲しさのため、情報提供者が虚偽の証言をしてしまう、そうであれば、その謝礼の金額が相当であったのか?高額なものを払っていたのであれば正当性が問われる原因になってしまうと思います。なぜそのようなことが起きたのか?からくりについて、調査をしてほしいと思います。定かではない情報があれば、断定せずにそれに見合った報道、「これは、これくらいの裏が取れている情報です」という、確実に断定するのではなく、留保付きの報道をするなど、スクープのために断定するのではなく、情報の確かさに見合った報道をしていくことが大事だと思います。報道ステーションの古舘さんの発言について、倫理違反があったかどうかになっていますが、どの場合に法律的に名誉毀損が成立するのか、法制用言について、テレビ番組で発言される方は研修を受け、どこまでが名誉毀損で、どこからが倫理違反で、どこまでなら許される範囲なのか、研修を受ける必要があると思います。

・信頼のおける放送は、人間で言うとペラペラと話さない、めったに口を開かないが、言うことは全て本当であるということが、信頼のおける報道だと思います。クレジット付きなのか?音で話しているのか、ということがポイント付きだと思います。今、問題が多々起きているのは、ステーションの社員ではなく、下請けに出しているのが非常に大きいと思います。そこには競争原理が働き、いいネタ、面白いネタを作って持ってきた方が勝ちだという、競争の論理が働き、そのようなことになるのではないかと思います。また取材の日程、放送の日程が詰まっている場合があり、チェックができない、チェックしにくいということがあると思います。いくつもの素材があり、切羽詰り、今どうしても出さないといけないという時は、「ちょっと待て」とやるのがデスクの仕事だろうと思います。そのデスク機能が色々なところで働いていないケースが多いと思います。下請けの取材クルーに課すと同時にデスク体制などの根本的な見直し、放送の倫理、放送のあり方について、考える必要があると思います。様々なところで出てくるということは、もう一度見直すことが必要であることを示していると思います。

・チェック機能のその機能が機能するのか?最近のテレビで放送されていたのですが、新入社員アンケートの項目で「上司から自分の正義感に反するようなことでも、やれ、と言われたらやるのか?」に対して「はい」と答えたのが68%もいました。32%、ノーと言う人がいるじゃないかと思う人もいますが、私は68%近くもいるの?と思いました。入社時点で上から言われたことを「ノー」とは言わず、そのまま鵜呑みにする、もしくは、おかしいと思っても、黙ってそれに従うという状況だと思います。そのような段階で作る側の人が入ってくるという状況が、「何か違うよね」と思います。新人の教育という部分が大事で、大学でも初年時の教育が大事になってきていると言われています。心の問題であり、「これはダメ」というのを、上下関係、上司部下という関係の中で、そのような発言が通るような関係性、良いルールが作れればと思います。

・テレビを見ていて、何かマニュアル化され、その通りに流れているような気がします。それに間に合わない時にポッと問題、過ちがでてきているのだと思います。あまりにも現在の報道を見ていて、何か問題が起こると、これでもかというくらい突っ込んだ報道をしているように感じます。少し余裕があれば、考える余裕を与えてあげればと思います。あまり当てはまらないかもしれませんが、今話題に上がっている草ナギ氏の問題も、みんなが追いかけています。個人的な推測に過ぎませんが、彼は普段から裸で寝ていたのではないでしょうか?お酒で酔い、自宅と公園、頭の中が混乱したのではないでしょうか?服も側に置いて裸になっていましたが、そのようなところをもう少し考えることができれば、そこまでならなかったと思います。それまでになるまでに引っ張り出し、騒いでいましたが・・・悪いことは悪いのですが、もう少し取材をする時は、色々なことを考える力を養ってもらいたいと思います。そうすれば突っ込まれることも解消されるのではないでしょうか?取材をしている様子を見ると、あまりにも突っ込みすぎたもので、何が本心なのか分かりません。

・バンキシャで覆面姿で出演していた方の虚偽のコメントが問題になっていました。その責任で社長が辞任いたしました。現在もその番組は続いています。本当に反省しているのかと思います。このような問題が起こった番組は止めるべきだと思います。そして別の番組を立ち上げるべきだと思います。それが本当の責任の取り方ではないでしょうか?テレビ局にとって、そちらの方が重い措置ではないでしょうか?社長が辞任しても、専務が社長になるだけであり、組織としてダメージはないと思います。放送倫理、人権の問題がありますが、猫も杓子も、交通整理が難しいと思いますが・・・報道ステーションの土地改良区と補助金の問題とのことですが、見ていないので、放送の構成や、キャスターに違反があったと出ていますが、言い過ぎたのかどうか分かりませんが、そもそも、問題がありそうな問題に突っ込んで取材していたはずです。逆に、倫理は難しいと思いますが、報道機関はある程度は、怪しげな問題や、今回は税金の使われ方だと思いますが、切り込むことがあって良いと思います。全てがダメとなると暗黒社会になると思います。あまり規制をかけたり、押さえ込んだりするのはどうかと思います。むしろ、そのようなことを暴くことは、もちろん当事者は隠しますので、真実の追究は難しいと思いますが、これに関しては、疑問を持ちました。

・テレビは新聞とは違い、分かり易さ、掴みの良さ、面白さに長けていると思います。そこに潜むものとして、嘘やでっち上げや、やらせ、誇張、デフォルメがあり、今問題になっているいくつかの番組内では、そこが逸脱し、やってはいけない一線を越えていると思います。それが制作会社の場合もありますが、一線を越えてしまうと致命的になり、信用、信頼が全く失われるので、どんなに面白いと思っていても、絶対に越えてはいけない部分です。バラエティーもそうですが、最近一線を越えている感じがします。それは嘘や誇張ではなく、全体を通して感じられる俗っぽさですが、どんどんいってしまう気がします。歯止めをしなくてはいけないと思います。報道情報系だけではなく、娯楽系も品位の問題として、一つのラインがあるのではないかという見方をしてほしいです。

・本当か嘘か分からないようなことを、顔を出さずにインタビューに応えています。単純な受け止め方しかしない人は、それが全部真実かと思い、信じてしまいます。テレビを見ていて、各局に覆面の人が露出しており、「どこの局も言っているからそうなのだ」と思い込む、そのような恐ろしい現象が起こっていると思います。本当にこれが真実なのであれば、顔を堂々と出すべきであり、顔を出したものしか放送しない、そういう風なあり方がどうしてできないのかなと疑問に思います。人権を守る、人を傷つけてはいけないと学校の教育でも教えています。社会的にもそのようなことを言っていますが、特に、バラエティー番組は、「こんなことまで言ってよいの?」と思うような際どいところまで、タレント、お笑い芸人の方がどんどん言い、それが画面で、放送でどんどん流れていき、それを子供が見た場合、首を傾げたくなるような、そのような場面によく出くわします。また朝の番組で、ワイドショー的なものがありますが、その場面でコメンテーターが無責任な発言をしています。「個人的な考え方で私はこう思います」と発言されるのと、明らかに無責任な表現だと受け取ることができる発言をするのとでは違うと思います。その方の色に染めるのは構いません。自分の特徴や人間性を出すのであれ・・・ですが、違うのではと感じる時があります。1回流れたものは、いくら訂正の記事が出たとしても、ほとんど見ませんし、事後から訂正、お詫びした放送も聴いていないと思います。最初流れたものが真実になってしまうという恐ろしさを今一度考えてほしいと思います。


②「系列番組審議会議題について」:「裁判員制度」と放送のあり方について
・聞いていると客観的な、正しい公正な報道を行うしかないのかと思います。社会的責任のある人、有名人と一般人が同じ罪を犯した時、司法上では同等の量刑が下されるべきだと思います。それを取り上げて報道をどんどんする、社会的責任がある人が罪を犯した時は大きく取り上げてしまう。裁判官は平等、公正は立場で見ることができ、有名人、一般人であっても、同じ罪を犯した時は同じ量刑を与えているはずだと思います。しかしながら、裁判員制度が導入されたことによって、色々な情報が入ってくると、裁判員制度自体の善し悪しは別にして、一般の人はどんな判決をするのか疑問を感じます。報道、新聞の中で意見が取り上げられる時、公正、公平な判断をするために裁判員制度で選ばれた人が情報を得ることができるか、大きな課題があるのではと思います。放送局側の意見としても、まだきちんとしたものができていないにも関わらず、見切り発車的にこの制度がスタートすること自体、我々もおかしい、怖いと思うところがあります。マニュアル化されたとしても、それに従うのか?視聴率を取りたいため、色々な形での取り上げる記者も中にはいると思います。これからが注目されるところかと思います。和歌山カレー事件で死刑判決が出ました。基本的に物的証拠、ある程度は積み重ねていますが、なぜそのようなことをしたのか、犯罪が起こるまでの背景がまだ分からないままです。非常に問題になっていると思いますし、娘さんから「疑わしきは罰せず」というコメントが出ています。背景が読みにくいものだったと思います。そのような中で裁判員制度がスタートすれば、そのような裁判を民間人が判決を下すことになりますので、他人事ではない気がし、難しいと思います。

・裁判員制度が始まり、これまでと違って、ニュースを見て、それを見た人が裁判員として判断を下すわけで、裁判官ではなく、通常の生活、通常の情報をテレビから入手した人が判断を下すので、推定無罪の原則が大きな軸として大事になってくると思います。逮捕されたから当然有罪になる訳ではない、というスタンスの報道が大切になってくると思います。一般国民を恐怖心にさらさないよう、「激増する凶悪犯罪」などといったキャッチフレーズ、それは本当に根拠があり言っているのか、データ的にこの何年かで凶悪犯罪が急増したのかどうか、データをなくしてキャッチフレーズだけで国民を恐怖心に陥れるとすれば、それが世論となり、裁判員となった時に、今までより重い量刑になってしまう可能性があります。マスコミは興味本位、視聴率を取るために、刑事裁判、裁判員を取り上げるというのではなく、裁判になり、刑事裁判を通じて社会のあり方を問い直す役割が報道機関にはあると思います。どうしてそのような犯罪が起きたのか、例えば会社で横領が起きたのであれば、その人はギャンブル依存症ではなかったか?そうであれば、ギャンブル依存症はどういうものなのか、世界的に認められた病気となっていますが、それがどういうものなのか?背景を探っていき報道してほしいです。今までは弁護人だけ、その関係者だけしか知らなかった背景を、社会的にどういう背景があるのか報道機関が深く掘り下げてやってほしいです。背景、なぜこのような犯罪が起きたのかというところから、減らす為には、どういう社会的な仕組みを作っていけばよいのか、どういう福祉的な制度を作っていけばよいのか、国民に報道することによって犯罪が最終的に減少、防止していくのではないかと思います。中で大事なことは、被害者の救済を含め、そのような観点で報道してほしいです。

・前回も裁判員制度は見切り発車でよいのかと言いましたが、それを報道は後追いをしている感じがし、政治の制度の方が先行している状況です。裁判員に選ばれるところを追って問題にしていますが、もう少し先を見据えて、起きる混乱などを提示してもらわないといけないかなと思います。国民の義務であり、特別な理由がない限り拒否をすることができない、罰則があるというのですが、アンケートに「死刑に反対」の欄に丸をつけると必ず採用されないようなことがあり、裁判員制度が抱える問題は非常にまだ大きいと思います。常に自分に与えられたらどうなのかと考えると、死刑に関するような判断は御免蒙りたいと思います。軽い、家庭裁判所が扱うようなものであればよいのですが、大きい問題がどんどん続き、呆気にとられて見ています。報道もこの先どうなるのか、誰も言ってくれません。

・裁判員制度が実際にスタートすると、マスコミはセンセーショナルに取り上げることだろうと思います。ですが日本の悪いところは、初めは盛り上がりますが、しかし段々と話題から消えていくところがあります。厳しく、冷静に、ずっとこの裁判員制度についての検証番組を作っていってほしいです。それが一つの放送の役割かと思います。

・あまり言わないように、冷静な目で報道も取り扱ってほしいと思います。問題があるのではないかと思いますが、弁護士のように、裁判所で頻繁に立たれる方は、立つのは商売で、仕事で、何でもないと思いますが、一般人はそうはいかないと思います。私は、証人になってほしいとのことで、一度裁判所に行ったことがあります。自分が裁かれている感じがし、足がガタガタ震えました。裁判所に行くということ自体、気持ちの良いものではないと思います。職業でされている方は別ですが、一般家庭の主婦などが当たれば難しいと思います。希望者がいるかもしれないので、希望者は希望者で問い、後は指名されない方がありがたいです。局側は、あまり突っ込まないほうが良いと思います。

・人間、普通の人は一生に1回も裁判所に行くことはないと思います。ましてや被告、原告になることはないと思います。こ無縁の世界に急に呼び出され、ましてや裁判員になり、死刑などになると普通の人には無理だと思います。5月からスタートしますが、放送のあり方として、正直に、普通の人が裁判官になるとどのような気持ちか、状況か、心理か、赤裸々に報道してはどうでしょうか?脚色などせず、始まってみないと分からないことが沢山あると思いますが、司法が考えた制度ですが、実施となればどういうことになるのかということを、真っ正直に報道してはどうでしょうか?

・実際に検事正と裁判所の所長にお会いし話をしました。いかに彼らは構えているか、真剣に考えているのか、ひしひしと伝わってきました。所長は、日本の裁判はガラパゴス的進化、世界の中でこのような進化を遂げたのは日本くらいだと言っていました。推定無罪の話もでました。NHKの朝の番組で新裁判員6名、裁判長1名の計7名の合意で決める時に、傷害致死の事案でしたが、裁判長は無罪、他裁判員6名が有罪という模擬裁判の番組がありました。推定無罪の原則は守りにくいのではないかと、エモーショナルな判決が相次ぐのではないかと尋ねると、それは逆でした。検事正も同じでしたが、そうではなく、そういうものを与る裁判の方が、むしろ逆にそういうことに対して抑制的だと思っているようです。リアルタイムでそれぞれが考え、特にこれからの裁判は法的技術ではなく、パフォーマンスだと認めていました。これまで検事は書面で、いかに素晴らしい書面を書くか、責めどころがないような書面を書けば良かったのですが、これからは違い、検事、裁判官、裁判長も普通の市民に、いかに人間的な説得力をもって調整を図るか?その説得力の時代とおっしゃっていました。ある弁護士が言っていましたが、国選弁護士は費用がなく、検察は国家の予算で捜査にいくらでもお金をかけることができますが、弁護士はそうではありません。国選弁護士は手当てがあり、そのような状態で必死になり証拠を集めることができますか?という話もあります。5月24日スタートと言っていますが、本当はマスコミが提示すべきものは、数多あると思います。系列局が一体となりやってみてもよいと思います。

・よく分からないままスタートしていますが、それをどのように報道するのか?例えば、裁判員に選ばれた人が分かるとします。そこへインタビューへ行ったりする過激な報道合戦が始まるのだろうか?言ってはいけないと言いながら、どこかから漏れる可能性があるのではと思います。裁判員制度が始まってからの放送のあり方、流れ方に怖いものがあると思います。裁判員制度そのものより、始まってからマスコミがどのように報道するのだろうか考えています。無責任に興味本位に報道されると、話してはいけないと言われる方が、人は話したくなるものです。「話すと罰せられます」といっても、「これは私からと言わないでください」と言いながら話していく心理、そのような心理で番組を作ることがもしあるのであれば、恐ろしいことだと思います。

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