番組審議会

第93回 放送番組審議会議事録

1. 開催日時:平成16年5月25日(火) 午後3時
2. 課題番組:「報道ステーション」
          毎週月~金曜日 21時54分~23時10分(76分)放送
3. 記事の概要:
・第一印象として、前番組の「ニュースステーション」と比較すると、基調としてはあまり変わっていないように感じた。ただ、変えようがないということなのかも知れない。メインキャスターの古館伊知郎さんについては、スポーツ畑のアナ、熱狂型のしゃべり方という印象が強く、そういう眼で見たせいか、最初は、特に自分の意見を言うときのしゃべり方に熱狂調の名残のようなものを感じ、そちらが気になって、ふと気がつくと、今何をしゃべっていたのか分からなかった、というようなことがあったが、最近は落ち着いてきたように思う。

・先の「ニュースステーション」、それに続く「報道ステーション」は、いわゆる「ニュース」だけではなく、もっと幅広い話題を扱った情報番組という捉え方ができるかもしれないが、いろいろな話題をごちゃごちゃと詰め込むのではなく、もう少しニュースに限定して、それを深く掘り下げるような番組であってほしいと思う。

・この番組のスタートの頃は、キャスターが久米宏さんから古館伊知郎さんに変わったことで、かなりの違和感があったが、最近になって、ようやく少し慣れてきた。古館さんは表情が乏しいタイプの方なので、番組のイメージがNHKとあまり代わり映えしないように感じ、久米宏さんのときのような面白味がなくなっていると思う。古館さんのスタイルは、若くして完成してしまっている感があり、何事もそつなく処理する優等生のようで、魅力という点でどうかと思う。少々の失敗は恐れないで、もう少し面白味を出したほうがよいのではないか。

・古館伊知郎さんのイメージが、プロレス実況とか、バラエティ番組の司会者という印象から脱することができず、ニュースを読んでいる姿を見せられても、なんだかニュースの内容まで胡散臭い感じに聞こえてしまい、堪えられなくなってチャンネルを変えてしまう。ビデオの部分は何とか見ていられるけれども、スタジオに降りたとたんに苦痛が襲ってきて、つらくなる。

・NHKの「ニュース10」の今井環キャスターにしても、TBS系「NEWS23」の筑紫哲也さんにしても、元々報道畑の方で、長年の知識や実体験に基づいて話ができる、だから自ずと説得力が滲み出てくるし、見ている方も安心して内容に集中できる。その点で、古館さんにはつらいところがあるのではないか。

・朝日新聞の加藤千洋さんのコメントの後の受け方が、あまりにも素人的というか、誰でも言えるような、ありきたりのことしか言えない。このあたりに古館さんの限界が透けて見えている。

・一日の終わりに見る番組、それに要求される安心感という点では、確かに古館伊知郎さんは損をしていると思う。身体が落ち着きを要求しているときに見るニュース番組のキャスターとしては、古館さんのキャラクターは脂っこいというか、妙にエネルギッシュな感じがして敬遠されるような感じがしていた。

・「報道ステーション」という番組については、スタート前のかなり早い時期から番宣が目立つようになってきて、どうなるのだろうと思って、初回と第二回のOAを見たが、松岡修造さんのスポーツコーナーのあたりから、「これはニュース番組ではなくて、トークショーになってしまったぞ」と思って番組から遠ざかり、しばらくはNHKの「ニュース10」を見るようになっていた。しかし、その後大きなニュースが立て続けに入るようになってきたので、少しでも早くニュースが見たいと思ったとき、22時より数分早いフライング編成が功を奏して、とにかく一旦は「報道ステーション」にチャンネルを合わせるようになってきた。

・古館さんのキャスターぶりは、確かにスタートの頃に比べると、確かに落ち着いてきた。ただ、番組の冒頭で、古館さんがニュースのヘッドラインをタッチパネルを使ってピックアップし、コメントするコーナーがあるが、そのコメントが切れ味鋭いときと全く駄目なときがあり、その差がとても激しい。

・作り方として巧いなと思うのは、コーナーごとのBGMの使い方、選び方で、NHKは凡そニュースのバックに音楽を流すということが全くないが、この番組では、ニュースを平板な情報の伝達には終わらせないという意気込みのようなものを感じる。

・言葉遣いという点では、古館さんは少なからず不用意で、十分注意をしないと、表現が荒っぽい印象を与えたり、場当たり的な説得力の無い言葉に聞こえたりすると思う。

・スポーツのコーナーの徳永有美アナウンサーは、しゃべり方がいわゆる「アナウンサー」のものではないが、彼女の場合は、それが逆に好印象を与えている。彼女の明るい開放的な雰囲気は、スポーツに詳しくない人にも親近感を与えている。また、この番組のスポーツのコーナーは、全体として話題の取り上げ方が一工夫されていて面白い。

・番組全体を見終えたとき何となくアット・ホームな感じがした。NHKのニュースは職人が作った端正な番組、喩えていえば走り心地の良い完全舗装の道路という感じだが、この番組は何となくでこぼこ道のようで、親しみを感じさせるところがある。

・古館伊知郎さんは番組のスタートのころは、気負い過ぎた感じが否めなかったが、最近は少し落ち着いてきた。しかし、日によって出来不出来の差がはっきりしている。番組全体のイメージが「ニュースステーション」や「NEWS23」と違うのは、キャスターの経歴や、それまで積み重ねてきた経験、あるいは年齢の違いによるもので、この違いは歴然と出てくると思う。古館さんは、やはりバラエティ番組の司会者のようなイメージが強烈にあって、確かにかなりの違和感があった。

・「久米さんは、追い込んで、追い込んでというようなしゃべり方、進め方をするけれども、古館さんはちょっと的外れなことをいうことがある。けれども、それはまた違った魅力になっていると思う」という意見も聞いた。

・BGMのことについては、NHKの端正なイメージは、ただ静寂の中でアナウンサーだけがしゃべっているという演出の為せるところだし、「報道ステーション」が次の展開への期待感を感じさせるのは、音楽の為せるところで、この違いはニュースの内容をどう考えるかというところにも関係してくると思う。

・古館伊知郎さんは、「報道ステーション」のスタートの頃は、眉間に皺を寄せて、悲痛な表情で早口にまくしたてる。まるで、我独りのみぞ正義の味方といわんばかりのしゃべり方で、むしろ見ている方が眉間に皺が寄るような心持ちであったが、最近は、周囲からのアドバイスがあったのか、ずいぶん落ち着いてきて、聞きやすくなってきた。

・年金法案を巡って、国会議員の多くに不加入や未納があったということがクローズアップされている。この番組では、民主党、自民党のそれぞれの方々の身の処し方について、風刺を効かせた扱いにしたかったのだとは思うが、そうであるとしても、女性のアナウンサーが「民主党の落とし前は…」とか、「先生方の落とし前は…」とか、私たちの日常生活では、まず使うことのない言葉、時にやくざ映画でしか聞いたことのないような「落とし前」というような言葉を頻りに遣っておられた。女性だからどうということではないが、こんな下品な言葉をニュース番組の中で事も無げに遣っているということに、激しい嫌悪感を覚えた。これは、アナウンサー個人の問題にはとどまらず、テレビ朝日、テレビ朝日系列全体の品格の問題だと思う。

・また、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の麻薬の問題を取り扱っており、麻薬の製造が国家ぐるみで行われているのではないかという疑惑に取り組んだドキュメントだったが、このドキュメントを通じて、結局のところテレビ朝日は、あるいは古館さんは何が言いたいのか分からない。例えば、他の国、イスラエル、アメリカ合衆国などの国での出来事、行いについては、事の善し悪しの価値判断について、はっきりしたコメントをしている。ところが、この「麻薬」のドキュメントでは、韓国の方をコメンテータとして、語るだけ語らせておいて、その後は卒然と「尻切れトンボ」のまま終わり、局としても古館さん個人としても片言のコメントもない。どういう感覚で番組を作っておられるのか。あまりにも気持ちが悪いので、このドキュメントはじっくりと注意してビデオを二度ほど見直したが、言わんとしているところは結局分からなかった。

・5月22日の小泉総理の北朝鮮訪問については、確かに未解決で残された被害者家族の心中たるや察するに余りあるものがあり、時には、こちらももらい泣きすることもある。そういう意味で、未解決の家族の方が総理の訪朝を拙速だと非難するのは無理からぬところがある。しかし、今回の総理の訪朝を、単純に失政、失敗としか捉えない形の報道は正当なのか、大いに疑問である。というのは、今回の総理訪朝の前には、水面下で複雑な折衝がなされた節がある。その内容の詳細は伝わってきていないが、中国との間ではかなり突っ込んだ話し合いがあったはずだ。6カ国協議について、最近の北朝鮮は、中国の説得もあり、条件次第で譲歩するという姿勢に変わってきている。おそらくは、中国としては、この絶好の機会に6カ国協議を何としても成功させたい、そうしなければ、北朝鮮の核問題をいつまでたっても国際的枠組みに落ち着けることができず、食糧問題、エネルギー問題で日本の協力を引き出せない。そのためには喉に突き刺さった魚骨のような、この拉致問題を何とかしたい。また、そうしないと、日本だけでなく、拉致問題の解決をテロ支援国家リスト解除の条件とする形で、北朝鮮を牽制するカードとして使っている合衆国の譲歩を引き出すことが困難になり、北朝鮮は多国間協議から離脱して、もともとの主張である「核の問題はアメリカとの間の二国間の問題」という図式に閉じ篭ってしまうかもしれない、というような事情がある。だから、事前に、中国側からは、こういう形で話をもっていけば、北朝鮮はこういう形で応えるだろうというような、はっきりした示唆もあったはずだ。何とかして6カ国協議を実りあるものにしたいというのは、無論お隣の韓国も同じであり、韓国もそういう趣旨のメッセージを日本側に伝えてきているはずだ。思うに、国際政治の舞台裏というのは、私たちには見えないけれど、実に非情なものだと思う。個人の心情を踏み潰すような、恐ろしいほど冷徹な力学が存在しているはずだ。そういう事情を考えると、一方的に「お気の毒ですね」「総理は交渉に失敗した」というような感情的な伝え方をすることは正当と言えるのか。テレビ朝日は小泉総理に一方的な批判をぶつけてよいと本当に思っているのか。拉致問題に関する限り、本来、最も問題なのは、北朝鮮がこういうことを惹き起こしていることであるはずだが、今回の総理訪朝に関しては、北朝鮮に対する批判は殆ど見られず、ひたすら「わざわざピョンヤンまで行って、あの程度のことしかできなかったのか。日本の総理として恥ずかしくないのか」というような物の言い方をしている。果たして、そういう皮相な捉え方でよいのか。

・現在、合衆国はイラクに進攻したことの是非を、世界の各国、各層から問われている。戦後処理も遅々として進まず、捕虜虐待の問題が明るみに出され、治安も悪化しているなど行き詰まっている感がある。合衆国の一連の判断、選択、行動の是非については、それぞれについて論者により賛否が分かれると思う。そして、これらの問題に関しては、テレビ朝日も比較的明確なメッセージ、すなわち合衆国の失政だという見解を示している。

・ところが、他方では、明らかに各種のテロ事件の黒幕であり、首謀者であり、時には自ら衛星放送等で犯行声明をしたり、911同時多発テロ事件についても、テロリストを称え、実質的な犯行声明と受け取られるようなメッセージを出している人物、加えて、日本人を殺害すれば一人につき金50グラムを与えるなどと言ってのけている、ビン=ラディンという男に対して、なぜビン=ラディン「氏」という言い方をするのか、敬称を付けるのか。「ビン=ラディン」で構わないのではないか。

・日本は太平洋戦争で敗戦した後、何かにつけアメリカナイズされた。企業経営についても、その他諸々の点について、彼らのスタイルを真似、方法を真似てきた。放送も同じだ。「ニュースステーション」「報道ステーション」もアメリカのニュース番組のスタイルに由来している。そういう風に、良きにつけ悪きにつけ真似をして今日に至っているが、そのお手本である合衆国については、特に、この「ニュースステーション」「報道ステーション」を見る限りでは、合衆国の良さ、素晴らしさを感じさせるニュースは一度もない。常にあらさがし、批判をしている。確かに、マスメディアは、時の権力者や強者に対して、絶えず警鐘を鳴らしていく役割を担っているし、今のイラク情勢、イラクにおける合衆国の振舞いも一因となっているかと思うが、もう少し大らかに報道することはできないのか。

・ニュースの内容については、人によって違った価値判断ができるので、どういう価値判断が正当なのかについては、なかなか一義的には決まらないところがある。一番大切なことは、出来事を早く、事実を曲げずに伝えるということに尽きるのだが、事実を扱う切り口をどうするかによって内容が違って見える。このあたりはなかなか難しいところだ。

・キャスターの古館伊知郎さんについては、最初は何だか悲壮な感じがして、そのうち倒れるのではないか。あれではとても務まりそうにないという感じだったが。しかし、周囲からのアドバイスがあったのか、ご自分で気づかれたのか、最近は高齢者にも解るようなペースで話をされるようになった。しかし、他の方は自然にしておられるように感じるのですが、いまだに古館さんはやけに構えている感じがする。

・何事もそうだが、第一印象というのは強烈で、第一印象が悪いと後々までそれを引きずってしまい、修正するのは並大抵のことではない。だから、古館さんに、バラエティの司会者、スポーツアナというようなイメージが初めからあるのなら、テレビ朝日としては、古館さんを起用するにあたっては、何かリハーサルのようなことをするとか、番組が自然に進行するために助言をするとかしてあげるべきであった。

・番組のタイトルを「ニュースステーション」から「報道ステーション」に変えたわけだが、この「報道」という言葉は、「ニュース」という言葉よりも広い、情報一般を指す意味で使われているようだ。ただ、我々のような戦時体験のある世代の者にとっては、「報道」という言葉は、「大本営発表」を思い起こさせる嫌なイメージがある。そういう意味では、なぜ「報道ステーション」と改称したのか。新番組という印象を強くアピールしたかったのかも知れないが、「ニュースステーション」というのは大切な暖簾だったと思う。その暖簾を簡単に捨てて、なぜわざわざ野暮なタイトルにしたのか、理解に苦しむ。

・番組の構成としては、スポーツのコーナーだけは、「ニュースステーション」のスタイルを比較的多く踏襲している。これは多分久米宏さんの個人的な好みだったのではないかと推察されるが、サッカーがあっても、バレーボールがあっても、何があってもまずはプロ野球を中心に据えるつもりのようだ。しかし、メジャーリーグをあんなに大きく取り上げるのか、NHKに追随する必要はない。ただ、スポーツのコーナーは、もう少し時間が短くても良い。

・この「報道ステーション」のスタート前だが、元NHKの木村太郎さんが朝日新聞でニュースステーションについてコメントをしておられたのだが、久米宏さんについて、あの人はスタジオに出てきて自分の個性で売り出していたけれども、木村さんは、現地を自分の足で実際に歩いて、調べに調べ抜いた後、番組でコメントしたという趣旨のことを言っておられた。これは間接的には、古館さんがキャスターになるときには、自分自身でよく調べて、自分の眼で見て、自分で肌に感じたことを言いなさい、という意味になると思う。まあ、NHKは真面目過ぎるという批判はあるかもしれないが、古館さんのウイークポイントをカバーするには、やはり自分自身でよく調べているな、自分自身でよく解っているなというところを視聴者に感じさせなければならないのではないか。

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