番組審議会

第100回 放送番組審議会議事録

1. 開催日時:平成17年2月25日(金) 午後3時
2. 課題番組:EAT制作「マツケンサンバがやってきた!」
          平成17年1月15日(土曜日) 12時00分~12時55分(55分)放送
3. 記事の概要:
・松平健さんといえば、いうまでもなく「暴れん坊将軍」という強烈なイメージがあり、その「暴れん坊将軍」がなぜこういうことになったのか、ちょっと理解に苦しむ。ただ、このマツケンサンバについては、意外なことに若い人にも人気があり、不思議な現象だ。個人的な好き嫌いは別として、せっかくマツケンサンバの公演が松山で催されるわけだから、その機会を逃さず番組にしたという、ローカル局としての取り組む姿勢はすばらしい、その努力を多としたい。

・ちょっとついていけないというか、よく解らない番組だった。まあ、深刻に考え込むような番組ではないのだろう。一つだけこれは良いことだと思ったのは、愛媛のサンバチームが参加して公演を盛り立てていたということで、松山の人も捨てたものではない。短期間の練習であれだけ踊れたというのは、踊りのレベルが高いのではないか。また、踊りというものに対する関心も高いのだと思う。今回のマツケンサンバのように、有名な人や劇団などが地方で公演をするときに、地方の人を組み合わせていけば、地方で俳優などをしていて中央に出て行く志を持ち、よく努力もしているような人が、脚光を浴びてスターになっていくという機縁になるのではないか。そういう地方の文化、芸術の振興という点から考えると、今回のような取り組みは貴重だと思うので、これからもこういうチャンスを設けていただきたいものだ。

・チケットを買って見に行くほど好きなわけではないが、どんなものか見てみたいという人が見るにはちょうど良い番組だ。松山の観光スポットの紹介などもあり、県外の視聴者も意識しているようだ。始めのほうの、歌とトークの部分は、松平健さんのファンではない人にとっては、ちょっと間延びしたような感じがするのではないか。サンバチームの衣裳を見た松平健さんが「すごい」ではなくて、「すげっ」と言ったのが、素の人柄を感じさせて「いいなあ」と思った。せっかく登場したサンバチームだが、どういう基準で選んだのかとか、普段はどんな仕事をしている人かとか、練習のことなど、ちょっとしたコメントでもいいから背景事情が分かると更に良かった。また、本番のセリがあがるところを、松平健さんの動きだけではなく、もう少し退いた画で、サンバチームの人たちも見たいと思った。

・インパクトの強いイベント、番組で、純粋に楽しく良かった。地元のアマチュアサンバチームを使ったというのも良かったが、他方、松平健さんの側がよく承知をしたなと思った。ただ、確かにプロとアマチュアの区別はちゃんとしていた。セリから降ろさない、ステージ上で同じラインに並ばせない。そのあたりは実にシビアにしていた。そして、松平健さんの歌いぶりは決して上手ではない。酷く音程が狂っていたし、何かが根本的に違っていた。しかし、やはり役者さんは大したもので、どういう歌い方をすれば映えるか、人を惹き付けるか、ステージの作り方など興味深かった。サンバチームにどういう人が出ているのかについては、視聴者も興味を感じると思う。中には、自分も出たいけれどどうすればいいのかと思いながら番組を見た人もいたと思うので、人選の方法なども何かコメントの中で紹介してほしかった。やはり、地元の人が出てくるというのは、聴衆にしてみるとうれしいことだと思う。今回のマツケンサンバのようにプロとアマチュアを組み合わせるというのは、なかなか難しいことだが、そういうチャンスを作って、地元の人を舞台に出すというのは、いいことだ。

・とにかくサンバの音が頭の中をぐるぐる駆け巡り続けて、気がつくと番組が終わっていたという感じだ。松平健さんは若いころから時代劇で活躍されていたはずだが、その人がサンバを踊るということで、あまりのギャップに驚愕したというのが最大の印象だ。また、番組を制作する人にしてみると、大物の役者を相手にするわけだから、さぞかし気を遣いながら作ったに違いないと思ったり、松平健さんはこの番組を見てどう思うのかなというようなことを思ったりした。番組全体としては楽しい番組だ。一つ気になったのは、お客さんへのインタビューのところで、非常に音声が聞きづらかったということだ。

・大物の時代劇俳優、しかも正統派の主役級の役者がサンバを踊るということに、多かれ少なかれギャップを感じた人は多いと思う。ニューヨーク・タイムズに、このマツケンサンバが紹介されていて、あの派手かましい光る衣裳をつけて踊っている様子がカラー写真で掲載されている。ニューヨーク・タイムズはコメントのなかで、「あれは、ジョン・ウェインがYMCAの聖歌隊の歌を歌っているようなものだ。まったく似合わない」といっている。これは如何にということでニューヨーク・タイムズは論評の中で「これは、日本男性の軟弱化のシンボルである」と述べている。「もはやサムライだけでは食っていけないので、こういうことをするのだろう」という。これはニューヨーク・タイムズの意見であって、私の意見ではないのが、ご紹介しておきたい。また、松平というのは松山藩主の姓であり、松山のことをいろいろ説明している部分もあったのだから、もう少し、「松平」というところで話題が膨らませられなかったのかなと思う。確かに松平健さんは歌が上手ではないと思う。かろうじて「座頭市の子守唄」だけは聞けた。また、グッズを売っているところの様子を出したり、公演終了後、お客さんのコメントを取ったりしていたが、これは余計なことで、どうせ出すのなら、舞台を見ているときの観客の反応、のっているのかいないのか、どんな表情をして見ているのかを出すべきだった。松平健さんが、いろいろ面白いエピソードを紹介して観客を笑わせようとしていたが、どうやら観客は笑っていない、静まり返っている。松山の観客というのは、難しいのだというようなことを聞いたこともある。観客と舞台の一体感というのがあったのなら、それはどういうものだったのか、映像で確認したかった。

・林暁代アナウンサーのナレーションが、背後の音にかき消されて聞きづらかった。

・舞台の背景が紙芝居のようで、違和感があった。

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