番組審議会

第103回 放送番組審議会議事録

1. 開催日時:平成17年5月25日(水) 午後3時
2. 課題番組:eat制作「い~テレ」
  フリートーク:「放送の自由について」

3. 記事の概要:
<課題番組:eat制作「い~テレ」>

・視聴者として予定しているのは主婦あるいはもう少し広く女性だと思うが、ターゲット以外の人が見ても楽しい番組になっている。もっとも、主婦や女性が、この番組を見てどう思うかは疑問な部分もある。こういう番組は他局にもあるので、差別化をどう図るかというのが決め手ということになろうかと思うが、「ああ、これなら他局でやっていて知っている」ということになると情報の価値が下がるわけで、自ずと他局より速くということになるから、これはなかなか大変だろうと思う。メインの大澤寧工アナウンサー、浦本可奈子アナウンサーを見ていると、実に楽しそうで、ほとんど遊んでいるようにも見えて、うらやましくなるが、直接お話を聴いてみると、そうそう楽しいことばかりではないようだ。「ガブリっ!とテレビ」の木藤たかおさんが退かれて、純粋にいわゆる局アナだけで始めたわけだが、まだまだこれからどうなるかというところで、期待をしている。

・この番組を見ているほとんどの主婦は、何かをしながら見ていることが多いと思うので、コーナーが細分化しているのは見やすくて良い。毎回、違うゲストを招いているが、最近拝見した中では、愛媛大学の白松賢先生が印象に残った。少年犯罪などにもお詳しくて、別の機会にもいいお話をうかがったことがあるが、知らない人が見ると「この人は一体誰か」ということになる。名前のスーパーインポウズは、最初の紹介のところで出た後、ほとんど出ていなかったと思う。もう少し頻繁に、ビデオの後スタジオに降りるところや、ゲストのコメントの際などでスーパーを出してお名前や肩書きを明らかにしないと、見ている方は話の内容をどう受け止めたらいいのか分からず、せっかくの番組作りの努力が十分活かされてこないのではないかと思う。コメントの内容を判断するには、その人の属性も大切だ。

・今は何か放送番組の中で気になる情報があれば、それをインターネットで調べるという流れが出来ていると思うが、番組のウェブサイトが小さくて、不親切だ。もう少し、住所、所在地や地図も細かく載せて欲しい。少なくとも、サイトをプリントアウトして車に乗ったら、それだけで目的地に到着できる程度にしていただきたい。せっかく苦労して取材し、番組にした情報なので、十分に活かしきるようにすれば、視聴者の支持も得られ、「また、見てみようか」ということにつながると思う。

・大澤アナウンサーの語り口は、影響を受けたということなのか、木藤さんに似ているところがあって、落ち着いてきたと言えば、そう言えないことはないが、若さを前面に出したいのなら、もう少しイメージチェンジを図るほうが良いのではないかという気もする。最後に、全体として選曲が安直で、BGの音楽やテーマ曲も、もう少しインパクトのある曲にするべきではないかと思う。

・全般にスーパーの文字が小さくて、よく読めないところがあった。他局の類似番組では、食と旅がメインテーマになっているようだが、そういう題材だとどうしてもパターン化してしまう。この番組は必ずしもそれにはこだわっていないようで、それは悪くないと思う。ただ、スタジオの全員がファッションで個性を強く出そうとしすぎている節があり、あるときは何だか「寝癖大会」みたいになっていて、何もあそこまでやらなくてもいいのにと思った。大澤アナウンサーと浦本アナウンサーのコンビネーションはとても良いと思う。

・拝見した限りではゲストを招いている意義が薄いと思う。この人はどんなことを言うのかという期待することもあるが、結局期待はずれということが多いように思う。また、ゲストにキャンペーンガールが来ているときなどは、あまりにもちやほや褒めすぎて、歯が浮くような感じを与えていることがあった。

・ローカルニュースのところがとても良い。今は、ニュースが次第にバラエティー番組に近づいていて、何だか面白可笑しくやっている節がある。ところが、長島邦英アナウンサーは、「このコーナーは他のコーナーとは違う。ニュースだけは、きちんと伝えるのだ」という姿勢が伝わってくる。これは、今失われつつあるけれども、大切なことではないか。すばらしい。声もいいと思うし、話も簡潔で、実に聴きやすい。この番組の中では、ニュースの部分が一番良かった。その他のコーナーについては、いずれも食であったり、旅であったり、他にもよく見られる話題で、ありふれている。もう一工夫して、新鮮な切り口にする必要があると思う。また、この番組に限ったことではないが、「○○円で行ける」とか、「安くて…」とかいう調子で、何かとお金の話が絡んでいる。先日、知日派で知られるコロンビア大学の政治学者、ジェラルド・カーティスさんが、あるテレビ番組で「30年前の日本と今の日本は変わった。30年前は、お金の話をするのは恥ずかしいという気持ちがあった。今は、何でもお金、お金だ。日本人の本当の良さは、お金以外の尺度で評価するというところのはずだ」と指摘していた。我々は失ったものを取り返さなければならないように思う。

・ゲストとして出演しておられた白松賢さんは、とてもよかった。テレビ番組に招かれると何か言おう言おうとするものだが、動じるというところがない。何も知らなければ大学の先生には見えない。若いが落ち着いていて、とても好感が持てる。

<課題番組:フリートーク:「放送の自由について」>
・報道というのは事実を伝えるということだと思うが、私より上の世代の人は、一般に「NHK」と「民放」という2つの分類で考えている人が多く、しかも、「NHKは客観的で誤りがないが、民放はそうでもない」というようなとらえ方をしているように思う。しかし、最近はNHK の番組でもいろいろ誇張や脚色があることが明らかにされるようになってたが、おそらく、これは最近になって始まったことではなく、以前からあったことだと思う。民放は、競争もあるので、何かあると「けしからん」ということで直ぐに問題が表面化していたが、NHKはそうでもなかったということだったのが、時代が変わってきて、そういうわけにはいかなくなったということだと思う。いずれにせよ、見ている側が判断力をつけなくてはならないのだと思う。

・最近、テレビを見ていて気になることとして、一方的報道が多いことがある。テレビ朝日でも、以前、野菜に含まれるダイオキシンの問題で、訴訟になり、敗訴したことがあるが、何か一方的に、事故の被害者、加害者、犯罪者、犯罪被害者の言い分ばかりを集中的に伝え、相手方の言い分を全く伝えていないということがしばしば見られる。これによって視聴者が一斉にある方向に流されるというのは良くないことだと思う。いろいろな角度から見るということを忘れてはいけないと思う。また、暴力シーンや、何かゲームで失敗をした出演者をいじめるようなシーンが相変わらず多く、困ったことにはそういう場面が、漫画的、ゲーム的に流されている。また、人の気持ちを傷つけて、それを面白おかしく番組で流すというのも改善されていない。「キレル」子供、あるいは、最近は「キレル」大人も少なくないが、これはマスコミが作り出したという部分があると思う。そのほうが視聴率がとれるという部分はあり、商業的には難しい要素があるのは古くから指摘されていることだが、どんどん過激化する危険というのも以前から指摘されており、実際に過激化しているように思う。また、視聴者が番組の内容に感化される傾向があることも確かだ。

・通信と放送の融合ということが言われているが、通信は1対1、放送は1対マスであり、やはり本質的には違う。1対1なら、言論の内容がいいかげんでも影響は限られるわけだが、1対マスということになるとそういうわけにはいかない。やはり、1対マスだと、それぞれの会社の考え方を伝えていることにならざるを得ない。善きにつけ悪しにつけ、古くは「社会の木鐸」などという考え方があり、マスコミはそういう意識を持っていた。今、そういう意識がマスコミ、特にテレビにそれがあるのかというと疑問だが、それと同時に、今のテレビが世の中を良くしているのかと問われると大いに疑問であるように思う。

・「ジパング」というアニメーションがあり、これは海上自衛隊の船が60年前の日本に行ってしまうという設定だが、ここではいわゆる「大本営発表」しか知らされない民衆の姿が出てくる。この話は「昔の話」では済まされないところがあって、どうしても私たちは、報道というものに対して、受身にしかなっていない。たとえば、「有事」といわれても他人事にしかなっていないところがある。今さらと言われそうだが、やはり報道は鵜呑みにせず、内容を吟味する必要がある。そのためには、やはり勉強するしかない。そのためには、本も読まないといけないだろうし、いろいろな資料も手に入れる必要がある。

・報道の自由ということから言えば、ぎりぎりの状態に陥ったとき、果たしてEATはどこまで自分の意見が言えるのか。これは、テレビに限らず、新聞も同じだと思うが、権力者に支配されることのないよう、確固たる姿勢を示すことも必要だと思う。

・いざというときに、本当に信頼できるニュースは意外と口コミだったりする。マスコミは、スポンサーの影響を受けやすく、また、国会議員など地位がある人には弱いと思う。「自由な言論」という仮面をかぶっているだけに、よけいに性質が悪いという部分がある。

・人間が判断するためには、情報が必要であり、情報が誤っていたり、偏っていたりすると人は判断を誤ることになる。そうならないためには、情報を伝える者は、情報に誤りがないよう最大限の努力をするとともに、多様な情報が供給されるということが必要になる。ただ、自由とわがまま、身勝手をはきちがえてはいけない。

・最近、一つ気になっていることとしては、情報について、僅かであっても何か瑕疵があれば、その情報全部が否定されてしまう傾向があることで、どこまでが真実かということの吟味がなされない風潮がある。 ・日本のおかれた状況は今までにない複雑なものになりつつあり、報道の自由はこれからますます大切になっていくと思う。 ・情報を伝えるにあたっては、単にその内容が正しいかどうかということだけではなく、その伝え方、マナーのようなものも同時に影響してくるように思う。せっかくの情報もそういうところに配慮がなければ生きてこないように思う。

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