番組審議会

第116回 放送番組審議会議事録

1. 開催日時:平成18年9月25日(月) 午後3時
2. 課題番組:「ザ・スクープスペシャル終戦特別企画
         昭和史最大の"タブー"に挑む。~ニ号研究と生体解剖実験~」

          制作:テレビ朝日報道局  8月6日(日)14時00分~15時30分(90分)放送
3. 記事の概要:
・私は、戦後生まれで、いわゆる戦争を知らない世代だ。子供の頃にはお年寄りが戦争は恐ろしい、怖い、良くないことだ、絶対してはならないと言っており、そうなのかと思ってはいたが、しかし身近には感じなかった。人に勧められて広島の平和記念資料館に行ったことがあったが、重苦しくて最後までは見られなかった。ところが、あるとき広島に原爆が投下された日の前日に広島市内でタクシーに乗車したところ、タクシーの運転士の方が、自分や家族、親戚が被爆の後遺障害等を苦しんでいるという話を聴き、実体験をした人を初めて眼の前にして、身に沁みて原爆は本当に恐ろしいと思った。番組の中では、知らずに原爆開発の一翼を担っていた子供だった人や、父が生体解剖に関係し、そのことを一切語らず細々として町医者として一生を送ったという人などが登場し、この番組は言葉多く語っているわけではないけれども、いろいろな問題提起をしているなと思った。この番組は、戦争の話を比較的身近な人から聴かされている私たちよりも、むしろ今の子供たちに見せてやりたい。今の子供の世界では陰湿ないじめなどがあるが、気づいていないかもしれないけれど、今は平和なのであり、平和だから今の生活がありうる。そういうことに気づかせるためにも、見せてやりたいものだと思った。

・一言で言えば真面目な番組。今の日本のナショナリズムというものは、利用される危険があり、戦争になることだってありうるかもしれない。そういう時期に、このような番組を放送することは勇気の要ることであるようにも思う。

・私も戦後生まれで、やはり戦争を体験したお年寄りから話を聴いた世代だ。番組全体として、さすが鳥越俊太郎さんというか、非常に大きなテーマに正面から取り組んでいる。まとまりも良いというのが第一印象だ。次いで、詳細に検討するためメモをとりながら2度見た。気がついたのは、この番組では2つの事件を検証しており、新資料や新証言によって番組を組み立てているのだが、スクープというタイトルなのに、どこからが新証言、新資料なのかがよく分からない。テレビ番組は大きな流れが分かるように作らなければならないということもあるし、戦争については教科書で習っただけの知識しかない人にとっては、番組全体がショッキングな新発見ということになるのか。また、常套句的な表現が多いことも気になる。戦争が人を狂わせる、指導者が愚かだったということなら、そこに今までにはなかったような角度から光を当てるべきだったと思う。また、九州大学の生体解剖事件は「タブー視され風化した」と斬られたが、タブーと思っていない人も現実に居るし、例えば、九州大学自体が慰霊祭のようなこともしている。事情を知っている人にとっては風化してしまったとは言えないと思う。その辺りも常套句の危険性が顕れていると思う。

・スクープという言葉からすると、これまで知られていなかったことを掘り出すという印象を持つ。また、言葉としては、新しいということの他に、社会や視聴者にとってショッキングであるという意義もある。そういう意味では、この番組は例えば現代の若者にどの程度ショックを与えうるのだろうか。また、最近のスクープとしては、日経新聞がA級戦犯の靖国神社合祀問題について、昭和天皇のお言葉を書き留めたメモの存在をスクープしたが、これは実際にはもっと早い段階でメモを入手していたのだが、慎重に裏づけをし、タイミングも良く考えて出している。この番組はどうなのだろうか。

・ジャーナリズムというものは、世の人々の知らないことを、世に知らしめることを本務する。この番組はそういう意味で面白いのだが、言いたいこと自体は新しいとはいえない。例えば、戦争は狂気のなせる業だという。しかし、狂気のせいにしてしまい、それで終わってはいけない。何故、狂気が生じたのかというところまで考えを及ぼさないことには意味がない。九州大学の生体解剖事件を一部の者がやったことだと片付けてはならないのと同じだ。そういう意味で、未だ戦後は終わっていない、日本は戦後処理が終わっていないという感じを持った。生体解剖事件は、たとえ時代がどうであろうと決して起きてはならないことだ。そして、事件の中心人物は自殺して真相は闇に葬られた。二重の意味で起きてはならないこと、やってはいけないことをした。そこまではいいのだが、残念なのは新しい視点がないこと。なぜ狂気が生じたのかというところまで考えなければならないと思う。また、ニ号研究に朝永振一郎氏が加わっていたと知って驚いた。ノーベル賞受賞が決まったときに、どうして不適格という意見が出なかったのか。彼がニ号研究に関わっていたのなら、彼にはノーベル賞受賞の資格がないと思う。

・私も戦後生まれだ。ただ、いままでご意見を述べられた皆さんとは少し視点が違う。仁科博士の原爆開発の話は以前から知っていた。時代の状況から考えて、確かに形勢逆転のために原爆を開発するというのは、その威力や影響を考えると狂気でないとできない。冷静にはできないことだ。しかし、日本が対抗するため開発したことは悪であるというのはおかしい。合衆国の核開発は正であり、日本は悪ということになるのはおかしいと思う。原爆の開発というのは、あの状況下では已むを得ないことである。原爆の開発に携わった人たちが、原爆ができなくて良かったというのは本音だろうと思う。しかし、これも平和になり、冷静になってからのコメントだ。これに比べると生体解剖事件は、どう考えても救いようのない事件だ。確かに鬼畜米英というようなスローガンがあり、憎悪のなせる業でもあるが、しかし確かに狂気のなせる業だ。捕虜の処遇という点では、国際法上の問題もあるが、日露戦争のときのロシア兵捕虜の処遇は非常に人道的だったことを考えると、戦争が一般国民も巻き込んだ国家総力戦に変わってしまったということを考慮したとしても、歴史は繰り返すというか、簡単に進歩するものではない、一方的に進歩するとは限らないものであるという感を持った。先ほどナショナリズムについてのご発言があったが、ワールドカップサッカーで若者が日本チームを熱狂的に応援する様子や、WBCでの応援の様子について冷ややかに論じる新聞記事も眼にしたが、しかし、自国を愛するというのは元々自然発生的な感情であり、これを全面的に否定してしまうと、却って歪んだ形で出てくるおそれがある。自国の歴史を悪し様にのみ論じるようでは、却って反発が出てくる。やはり、いいところはいいところとして教えるべきだ。また、確かに生体解剖事件は完全な過ちとしか言いようがないかもしれないが、軍が悪いという一言で片付けてはいけないと思う。軍が悪いというなら、軍という制度を否定するしかないが、それなら完全非武装がいいのかということになる。完全非武装がいいという意見もあるが、現実には普通の国家には軍があり、それをどうコントロールするかということが問題となっているわけだ。一方的に、戦争は悪い、ナショナリズムは悪いということで片付けてしまうと、逆に歪んだ考え方が出てくるように思う。最後に、朝永博士が理研で原爆研究をしていたとき、湯川秀樹博士も京都で原爆研究をしていたという話題が紹介されていたが、こういう原爆開発という大国家プロジェクトですら派閥対立が起きていたことを興味深く感じた。

・ナショナリズムは国家という仕組みと結びつく。民族と国家とは違う。そのあたりはどうか。

・nationalismとpatriotismは違う。

・国や郷土を愛する、大切にするということは確かに自然なことだ。ただ、それが国家というものによって利用される怖さがある。しかし、だからといってナショナリズムが全否定されなければならないということにはならないことも確かだ。

・私は戦争が終わって20年して生まれているので、国の都合の良い教育だけを受けて育ってきた。しかし、そういう教育を受けて育った者が見ても、見ごたえのある良い番組で、滋味掬すべきことの多い番組だと思う。ただ、演出面ではBGMがミスマッチなところが多々あった。登場人物がカメラの前でしゃべったり、動画で出てきたり、写真で出てきたりするが、白黒やカラーの写真や動画があれこれ出てきて、必ずしも白黒写真の方が故人、カラー写真の方がご健在というわけでもなく、故人とご存命の方の区別が分からなくなった。このあたりは工夫の余地がある。また、さすがに事件の渦中に居られた方々は、みなさん高齢なので、残すべき証言は早く採らないといけない、このような貴重な証言を失ってはならないと思うので、こういう番組を通して証言、資料を収集することもマスコミの社会的使命ではないかと思った。生体解剖事件については、本当にどんな状況下であったにせよ、絶対にあってはならないことだが、先日偶々見たテレビ番組で、先の戦争のときの日本兵の捕虜に対する中国の処遇が人道的であったことを扱ったものがあり、あまりの違いに愕然とした。番組全体として、キャスターの話が量的に適切で、うまく仕上がっていると思う。番組のテーマが非常に重く、論評といってもなかなか難しい。鳥越さんは、少し訛りのある訥々とした語り口だが、視点は鋭く、史実に従い過去を振り返って、人間の本質、弱さ、怖さ、恐ろしさ、愚かさのようなものが見えてきた。私は、地域のスポーツに関わる仕事もしており、スポーツをしている小学生たちを見学のため広島の平和記念館に連れて行くことがあるが、小学生レベルだと、どうしても飽きてしまったりして、なかなか全部を見られず、分かってもらえないという思いをする。この番組も、もう少し年長の中学生以上に見せてやれば、分かるのではないかと思う。生体解剖については、いろいろ人体実験までやっているわけだが、実は医師としてはやってみたいことではあるのだという本音の部分を、手術に立ち会った医師が番組内で語っていた。もちろんタブーであることは百も承知であるわけだが、医師としてそういう気持ちもあるというコメントを聴いて、この事件の原因の奥深くにある何かに触れた感じがして納得するとともに、人間の怖さというものを噛み締めた。番組の締めくくりの部分で、鳥越さんが、イラク戦争について、イラクは核をもっていなかったから攻撃されたのだと北朝鮮が解釈した可能性があると指摘していた。ちょっと思い切ったコメントだが、戦争を抑止するもの、抑止力とは何か、核の有り、無しなのか。人類の永久のテーマだと思う。それはまた、戦前や戦時中に生まれた人と、戦後落ち着いてから生まれた人とでは、考え方が違う問題かも知れないと思った。

・私は、日本人の弱みばかりを一方的に突いた番組は好きではない。この番組が課題番組になったとき、そういう番組ではないかということで、あまり気が乗らなかったが、見ているうちにどんどん引き込まれていった。面白く、釣り込まれてしまって、どんどん見てしまった。戦時の経験があるのかといわれると、私は当時小学生だったので、従軍経験などはない。ただ、いわゆる軍隊式の教育は受けた。とにかく軍隊というものは絶対服従が鉄則で、徹底的に個を否定する。自分という存在を表に出してはいけないのだ。江田島に出征した学生の遺書が残されているが、基本的に自分自身のことは書いていない。とにかく、お国のために死ぬのだということと、天皇陛下万歳ということだ。暴力団なども絶対服従であるということからすると、昔の軍隊に似た組織なのかも知れない。自由の国を標榜する合衆国ですら、軍に入ると絶対服従だ。そして、個人そのものと、その人が組織の一翼を担うようになったときの人とは全く別物だ。たとえば、家庭人としてはいい人、友達としてはいい人である人でも、国の政治指導者として振舞うときにどういう振舞いをするかは全く別の問題だ。絶対服従の原理に基づき戦争のための組織ができ、それが動くということの恐ろしさは、ここから来ている。その組織に属する個々人の良し悪しではない。

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