番組審議会

第124回 放送番組審議会議事録

1.開催日時:平成19年6月25日(月)午後3時
2.課題番組:「臓器が足りない~病気腎移植の問いかけ~」
         5月30日(水)深夜26時46分~27時41分(55分)
3.議事の概要:
・全体的に良く出来た、まじめな番組だ。バラエティーもいいけど、たまにはこういうシリアスな番組もいい。あっという間の55分間だった。昨年、徳洲会宇和島病院で行われた腎臓移植手術が臓器売買事件として大ニュース報道されたことは記憶に新しいところぢ。しかし、この番組で臓器売買事件そのものはいわば瑣末なことで「病気腎移植」が許されるかどうかが問題の本質であることをはっきり私たちに知らせてくれた。当時の大騒ぎの報道だけからの印象だと私は万波医師はどういうお医者さんなのか、つまり名医なのか異端者なのかはたまた悪徳医なのかはっきりしなかった。この番組を見て私ははっきりと万波医師を支持する立場になった。(だから報道の力は怖いともいえる)そもそも重病の患者はワラをつかむ気持ちでお医者さんに助けを求めて訪ねるものだ。病気の臓器を移植することは私は素人なりに危険ではないかと感じていたが、万波医師はその病気腎の疾患部分を削除して移植する方法を万波医師は考え実行したいたわけだ。専門家が考えて実行していることなので、それなりに安全の根拠はあるのだろう。現に宇和島の加賀城さんという人は病気腎移植を受けて、人工透析もいらなくなって元気に仕事をしている様子が紹介されていた。臓器移植学会のなんとかさんという理事は病気腎移植を「学会の常識に反する。直感的に危険と感じた」とインタビューに答えていたが、私はその危険の意味が、患者が危険ではなくて医者が危険であるあるいは学会が危険であるという意味に聞こえた。つまり難病の患者をなんとか助けたいではなく、医者の保身(医療訴訟されたら大変だ)、学会の保身(学会も訴えられたら困る)のみしか考えてないことが、はしなくも表現されていた。万波医師は医師会のエライさんでもなければ学会の主流派から見れば異端者かもしれないが、患者から見ればリスクは取るけど救世主だ。患者は命を懸けて手術台に乗る。万波医師はそれに答えようとする気持ちの持ち主の医者だと感じた。それに対して学会は逃げるだけ、ちょっとでも危険なことにはかかわりたくないという薄ら寒いものを感じた。

・この番組は臓器移植について私自身の頭の中を整理するのに非常に役立った。私として先の委員と意見が違うなと思うのは、臓器移植をしてしまう人間の倫理感というのはどんなものか、病気腎移植については、もっと学会で本当に移植された側に問題はないのか等検証していくことが解決の前提だし、病気腎移植というものが本当に治療の方法として効果があるのかという部分で検証が今ひとつはっきりとは行われていない。その部分は区別して議論すべきだろうと思った。それに対して臓器売買というのは、どちらかというと倫理感の問題、お金にするというような浅ましさのようなものが核心ではないかと思う。その部分をはっきり区別して論じて欲しかった。もしかして、万波医師のしてきた病気腎移植というのは、新たな治療の道となりうるのかもしれない。しかし、臓器売買の問題はそれとは別の問題だと思う。その点がうまく理解できるようになったのはこの番組のおかげだ。この番組で確かに損をしていると言う点では医学会の人は損をしていると思う。言葉が足りないし、こういうときに自らインフォームドコンセントのことに言及していながら、番組の視聴者に対しての語りかけがない。これでは、万波さんのことを云々できないでしょと言われても仕方ないくらい、説得力がなかった。ただ、画像の点では、番組のなかで透析をしている人の切実さは腕のシャントを映すだけで画面から伝わってきたのだが、最初のところで徳洲会病院の屋根にカラスが3羽止まっているショットがあり、カラスというのは縁起の良くないものだから、これは如何なものかと思った。映像と言うのは恐ろしいなと思う。この事件は、どういう顛末になっていくのか、これからも追い続けて欲しいし、できれば腎臓を提供したドナーの側の声が聞きたい、これはなかなか難しいとは思う。また、現在人工透析を受けている医療関係者が病気腎の移植をどう考えているのかというようなことも興味がある。

・eatのスクープで始まった事件だが、この問題については大きな新聞社の中でも温度差があり、中央側では厚生労働省、医学会と同じような見方が強く、他方、地元では万波医師に共感する意見が有力だ。万波医師はいろいろ詮索されたが、結局、臓器売買についてはシロだった。そこから、地元では万波医師を守らなければという反省が出た。臓器移植について、日本での臓器移植の歴史などを持ち出すと、万波医師の問題というのは矮小化されてしまうので、私としては1時間じっくり万波を描くような番組であって欲しかったと思う。というのは、臓器売買があった、そこにいかがわしい人たちが居て、万波がどのように関わったのかが問題となった。しかし、その部分では万波は関わっていなかったことが分かった。そうなると、万波は単なる「出る杭」ではなかった。それならば、作られたイメージを元に戻す振り子の役割をするのがジャーナルの真骨頂であるはずだ。その点で言えば、まだこの番組は事の本質を衝いていない。私も少し苦しんだが、やはり「臓器が足りない」という結論をいきなりタイトルにしてはいけないと思う。病気腎移植をするようになったのは、臓器が足りないからだというのは模範回答だが、もう少し研ぎ澄まして万波医師を応援していくというのがローカルのあり方ではないかと私は思う。医療の密室性などという論理で万波を矮小化していく流れには抵抗しなくてはならないと思う。今後もこの問題にはまだまだ拘りつづけなくてはならないと思う。ただ、いろいろやらなければならないことはあるが、万波を抹殺することだけはしてはならないと思う。

・番組は制作者が何を言いたかったのかが、先ず問われる。中央集権的な移植学会の立場と、他方には万波医師を衷心とする医療の現場、臓器が欲しいという切実な声がある。それを並列し、それぞれを取材して、最後に東京女子医大の先生が移植というのは枝葉の問題であり、将来は糖尿病というのが大問題になってくるのだということで着地した。視聴者は糖尿病のことかということで安心してしまった。ただ、病気腎移植が是か非かということに絞れば、病気腎移植の成功率や予後の検証などが必要だったのではないかと思う。番組の体裁はよかったし、勉強にもなったが、自分の知らない部分を解き明かしてくれるという報道機関への期待にこたえられていない、病気腎というのはどういう問題か、人工透析を受けている人にとっては必要だということはわかったが、病気腎移植の問題性、長短という部分に課題を残すこととなった。報道機関がオピニオンリーダーであるためには、いかにして取材を通じて、事実を切り開き、如何にして視聴者の知らないこと、分からないことを取り出し、抉り出すことができるのかというところが大切だ。今回の取材については、そういうところで不十分なきらいがあったように思う。

・万波医師のような医師は昔は沢山いたが、最近はなかなか居られないなと思いながら拝見した。万波医師には少し抜かりがあったのではないか。例えば、全然記録がないとか、遣り取りの記載がないというようなことがあったようだ。これだけの大きい仕事をするのなら、いろいろな手続きや交渉をしっかりし、記録しておかないと、問題が起こったときにどうにもならなくなると思う。そういうことを教えてくれたように思う。一生懸命にやることは結構なことだが、病気腎を提供したり、受けたり、移植手術をするようなときには、しっかり手続きをしないと、人間は弱いものなので、後になって「病気腎移植を受けるよりも、透析するほうが長生きできたかも」と後悔をすることもあると思う。命を預かる医者なので、仕事は大切だが、職人というのは、掘り下げていると面白さも出てくる。そういうところにも気をつけなければならないと思う。万波医師を見ていると、そういうところで危なっかしい感じがする。万波医師のような方は必要だとは思うが、足元をよく固めなければならないと思う。人を育てる際にも必要な教訓を与えていただいたように思う。

・作り方として、CGが効果的だったとか、ナレーションが伝わってくるというようなことを感じながら拝見した。最後の大田教授のお話が、結局、最後は糖尿病の話なのかというような疑問点はあったが、見ていて透析のシステムなども分かりやすかったのだが、どうしても万波医師の姿勢が始めに移植ありきというような感があり、移植ということ自体がいいものなのか、悪いものなのか、移植された側のメリット、デメリットがあるのか、特にデメリット、悩みや死生観にも関わることなので、そういう部分を盛り込んだほうが良かったのではないかと思う。レシピアントの話は沢山出てくるし、よく聞くが、ドナーになった、あるいはドナーにされた患者側の声も、取材は大変だとは思うが、聞きたかったと思う。他局では、2月に報道特番で取り上げられていて、それは臓器売買から入っていて、海外での臓器売買の取材などをしていた。厳しい言い方になるが、同じ一時間番組だが、その番組の方が時間が経つのが早く感じた。地元番組としては後発組になるのかと思うが、アンケートをすると万波医師に好意的な人からの方が返事が返ってくる確率が高いと思うので、そういう部分を考慮すべきだろうと思う。また放送時間があまりにも酷く、折角の番組なのでもっと良い時間に再放送されることを願う。

・私は万波医師関係の特集番組は一通り見たつもりだが、この番組は一番地元に密着した感じがある。万波医師は何度かお会いしたことがあるが、お金に執着心は全く感じられず、あっさりした性格の方だ。それが、ある日突然ニュースで取り上げられ、極悪人のように言われ始め、私としては非常に心が痛んだ。また、万波医師はきっちり記録をとるようなことはしない方ではないかと思っている。また、南予というところは、そのような詰めをしない土地柄である。確かに、そのせいで後から言った、言わないの争いになることは少なくない。ひとつ思ったのは、透析ということが如何に大変かということを伝えるためには、南予の生活事情、農業や漁業が如何に大変か、交通の便が著しく悪く、バス代を工面するにも苦労するというようなことも盛り込めば、実感として分かっていただけるのではないかと思う。私としては非常に興味深かったし、分かりやすく、一時間は短く感じられたが、最後に糖尿病が出てきたところで、急に番組が軽くなった、そういう感じがした。

・この事件は地元の報道機関としては、どうしても避けて通れない問題だろう。倫理、道徳というのは、人によっていろいろなので、結論も違うと思う。そう考えたとき、この番組は誰に何を問いかけ、訴えているのかという思いがした。他局の番組だったが、親から腎臓をもらったが定着せず、中国に渡航して腎移植を受けたが定着しなかった。その人が番組の最後に「どんな腎臓でもいいから欲しいと思うことは、そんなにいけないことなのか」と語ったが、非常に重い一言だと思った。この番組を見た後、もし自分が透析を受けることになったらどう思うだろうかと考えさせられたが、万波医師を訪ねることになるのではないかと思った。なかなか結論の見つからない問題だが、よく作られていたと思う。

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