NEW 2026年03月23日(月 ) 19:47
【今治の山火事発生から1年】アートにしかできない「復興」を【愛媛】
山火事で傷ついた故郷と、自分自身を甦らせたい。
そんな思いを胸に活動する、芸術家の男性を追いました。
今治市伯方島に工房を構える石彫家、馬越伝心さん(54)。
この道36年、馬越さんが向き合うのは、一度削れば二度と元には戻せない石の彫刻です。
「彫刻は人生そのもの」と語る馬越さんの感性は、かつて30年過ごした故郷、今治市桜井地区の風景の中で育まれました。
【馬越伝心さん】
「小さい頃から、近くの唐子浜という海で海水浴、夏休みは毎日のように真っ黒になって泳いで、近くの唐子山に上がって。すごくノスタルジックな、情緒ある素敵な町だったという思い出があります」
馬越さんが手がけた作品の多くは、表情が穏やか…。
寺院や地元の学校、幼稚園でも、その作品が微笑んでいます。
しかし…。
2025年3月、故郷の今治で山火事が起きていたころ…馬越さんは市内をバイクで走行中、不慮の事故に遭います。
職人にとって命ともいえる、左手首を骨折するなど大怪我をしました。
【馬越伝心さん】
「その時ものすごい衝撃でぶつかって…もしかしたら、これは仕事ができないかもしれないっていう不安はよぎりましたね」
事故から半年。
懸命なリハビリの中、大きな傷を負った自分自身と、山火事で傷ついたふるさとの姿が重なり、馬越さんはある決意をします。
それは、山火事からの復興と人々の心の再生を願う企画展を開くことでした。
【馬越伝心さん】
「自分自身が満身創痍の状態で、山も満身創痍の状態で、笠松山に対して、自分のアートの力で何か復興に関わることができないかなって思いましたね」
そして、2025年10月に朝倉ふるさと美術古墳館で開かれたのが、作品展「甦る」。
馬越さんの呼びかけに賛同した県内の芸術家たちによる作品、およそ30点が展示されました。
馬越さんは、書道パフォーマンスを披露します。
事故で傷ついた手。
以前のように重い石を掘ることはできませんが「今の自分にできる復興の形」を模索しました。
「被災した地が今以上に栄え続けてほしい」という願いを込め書き上げられたのは「ますます栄える」という意味を持つ「彌榮」という文字でした。
完成した作品には、地元の児童クラブの子供たちが、ツツジやツバキなど笠松山ゆかりの花々を飾り付けます。
会場全体が、復興を願う人たちの温かな空気に包まれました。
【馬越伝心さん】
「私自身の心に(子どもたちが)植林してくれたというか、花を挿してくれたような気持ちで…」
(Qアートにしかできない復興とは?)
「子どもたちが積極的に自分からやりたい、楽しいことをやりたいという思いで復興する。それを一番今回体験してほしかった。味わってもらいたかった。そういう力が、やっぱりアートにはあるので。その子供から、僕らもエネルギーをもらって、これから子供と共に、そして笠松山と共に一緒に甦っていきたい」
その願いは、確かに子どもたちにつながります。
3月12日、笠松山のふもとで植樹が行われました。
この中には、馬越さんの企画展に参加した朝倉小学校の子どもたちも。
山にもともとあったヤマザクラや燃えにくいヤマモモなど、従来の生態系と防火性を考慮して選ばれた7種類、1350本の苗木が植えられました。
【参加した児童】
「緑がいっぱいの、元気な山に戻ってほしいです」
苗木が育ち、燃えにくい山になるまでは20年以上…。
それぞれの思いとともに、復興への歩みが始まっています。
そんな思いを胸に活動する、芸術家の男性を追いました。
今治市伯方島に工房を構える石彫家、馬越伝心さん(54)。
この道36年、馬越さんが向き合うのは、一度削れば二度と元には戻せない石の彫刻です。
「彫刻は人生そのもの」と語る馬越さんの感性は、かつて30年過ごした故郷、今治市桜井地区の風景の中で育まれました。
【馬越伝心さん】
「小さい頃から、近くの唐子浜という海で海水浴、夏休みは毎日のように真っ黒になって泳いで、近くの唐子山に上がって。すごくノスタルジックな、情緒ある素敵な町だったという思い出があります」
馬越さんが手がけた作品の多くは、表情が穏やか…。
寺院や地元の学校、幼稚園でも、その作品が微笑んでいます。
しかし…。
2025年3月、故郷の今治で山火事が起きていたころ…馬越さんは市内をバイクで走行中、不慮の事故に遭います。
職人にとって命ともいえる、左手首を骨折するなど大怪我をしました。
【馬越伝心さん】
「その時ものすごい衝撃でぶつかって…もしかしたら、これは仕事ができないかもしれないっていう不安はよぎりましたね」
事故から半年。
懸命なリハビリの中、大きな傷を負った自分自身と、山火事で傷ついたふるさとの姿が重なり、馬越さんはある決意をします。
それは、山火事からの復興と人々の心の再生を願う企画展を開くことでした。
【馬越伝心さん】
「自分自身が満身創痍の状態で、山も満身創痍の状態で、笠松山に対して、自分のアートの力で何か復興に関わることができないかなって思いましたね」
そして、2025年10月に朝倉ふるさと美術古墳館で開かれたのが、作品展「甦る」。
馬越さんの呼びかけに賛同した県内の芸術家たちによる作品、およそ30点が展示されました。
馬越さんは、書道パフォーマンスを披露します。
事故で傷ついた手。
以前のように重い石を掘ることはできませんが「今の自分にできる復興の形」を模索しました。
「被災した地が今以上に栄え続けてほしい」という願いを込め書き上げられたのは「ますます栄える」という意味を持つ「彌榮」という文字でした。
完成した作品には、地元の児童クラブの子供たちが、ツツジやツバキなど笠松山ゆかりの花々を飾り付けます。
会場全体が、復興を願う人たちの温かな空気に包まれました。
【馬越伝心さん】
「私自身の心に(子どもたちが)植林してくれたというか、花を挿してくれたような気持ちで…」
(Qアートにしかできない復興とは?)
「子どもたちが積極的に自分からやりたい、楽しいことをやりたいという思いで復興する。それを一番今回体験してほしかった。味わってもらいたかった。そういう力が、やっぱりアートにはあるので。その子供から、僕らもエネルギーをもらって、これから子供と共に、そして笠松山と共に一緒に甦っていきたい」
その願いは、確かに子どもたちにつながります。
3月12日、笠松山のふもとで植樹が行われました。
この中には、馬越さんの企画展に参加した朝倉小学校の子どもたちも。
山にもともとあったヤマザクラや燃えにくいヤマモモなど、従来の生態系と防火性を考慮して選ばれた7種類、1350本の苗木が植えられました。
【参加した児童】
「緑がいっぱいの、元気な山に戻ってほしいです」
苗木が育ち、燃えにくい山になるまでは20年以上…。
それぞれの思いとともに、復興への歩みが始まっています。







